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乃木編 6話

 山下美月は一段飛ばしで階段を駆け上った。

「……はぁ、はぁーっ。――い、委員会って三階だったよね……はっぁ……ふぅ」

 史緒里を探していた。
 どうしても今すぐ会って伝えたいことがあったから。美月たちにとって重要な話だ。
 だから祐希の返事も待たずにここまで走ってきたのだ。
 それなのに――

(……何が起こってるの?)

 一階が騒がしい……
 聞こえてくる悲鳴に銃撃音。

「お、おい! 下から変なやつらが上がってくるぞ」

「逃げたほうがいいよな!?」

 蜘蛛くもの子を散らす様に教室から飛び出してくる生徒。

 ――キーーーーーン

 校内放送だ。

『只今、校舎内に不審な人物らが侵入しています。生徒の皆さんは、決して――』

 不意ふいに言葉が途切れた。続けてタァンと乾いた音が響く。

「え? 今のって……」

『アーアー、コホン。生徒のミナサンは動いてはイケマセン。その場で待機シナサイ。逃げる奴はコロシマス、以上――』

 プツリ、と途切れる放送。

「……まじ?」

 ほとんど誰もいなくなった廊下で一人立ちすくむ。
 動くなと言われたが悠長ゆうちょうにこんな所で突っ立ってるわけにもいかず、とりあえずは近くの教室へと入ることに。

 電気が消えていてカーテンも閉め切った薄暗い教室。その隅に誰かがうずくまっているのが見えた。
 小さく震えていたその生徒も気付いたようで美月へと顔を向ける。
 運がいい。その女生徒こそ、

「史緒里!」

 美月の探し人――史緒里である。

「美月っ」

「よかった」

 手を取り合う二人。

「な、なにが起きてるの?」

「分からない。ただ……」

「ただ?」

「あ、いや……」

 祐希のパソコンで見た情報の中にT国の内容が書かれていた一文があった。
 第五王子らの死亡報告とその後の情勢。それらを加味すればT国内戦の終わりが近い事がうかがえた。
 その事を史緒里に伝えようと美月は教室を飛び出した。

 彼女を安心させるため。史緒里――T国第十一王女のうれいを一刻でも早く取り除きたかったからである。

「……美月?」

「……」

「どうしたの?」

「史緒里よく聞いて。あなたのお兄さん……五番目の王子様たちが亡くなったらしいの。……それも爆発で」

「――え?」

「残念だけど……祐希のハッキング情報だから間違いないと思う」

「そんな……」

「こんな事言うべきじゃないんだけど……そのおかげで……内戦がそろそろ終わるんだって……」

「――ッ、そう……」

「うん。それで、今この学校で何かが起きてるんだけど……」

 言いよどんだ。
 何かが起きているのは確かだった。でもその事は、T国や自分らには関係ない――はずなのだ。
 だから、ここからは美月の憶測おくそくにすぎない。

「王子様たちが亡くなってしまったから、内戦自体なくなるはずよね」

「……うん、そうだと思う」

「でも、もしかして……。もしかしてだからね、五番目の王子様派以外に別の勢力があるとしたら?」

「え?」

「……史緒里を不安にさせたいわけじゃないの! ただ、なんだか漠然ばくぜんと思い浮かんで……」

「……」

「お兄さんたちを殺した犯人、まだ分からないんだって……それも一番目の王子様派ではないらしいの……」

 史緒里が目を見開いた。
 聡明そうめいな彼女の事だ。美月と同じ考えに至ったのであろう。

「狙いは……私?」

 と美月を見やる史緒里。
 問われて、こくりと頷く美月。

突飛とっぴな考えなんだけど。今後ね……一番目の王子様たちも全員殺されちゃったとしたら? 唯一の血筋が史緒里だけになったとしたら……」

 そこまで言いかけて、
 

「そういうことか!!」

 と美月らの背後にあるロッカーの中から少女が飛び出してきた。

「わっ!?」

「よ、与田!? なんでそんな所に!?」

「のんのん! 今はそんなことを言ってる場合じゃないっちゃよ!」

 ズビシッ! と効果音付きで美月を指差す祐希。その指を史緒里へと向けた。

「まだ子供の史緒里を御輿みこしかつぎ上げて、裏で政権を握ろうとしてるやつがいるってことだね!」

「はは……さすが与田だわ。うん、わたしも同じ考えなんだ」

 美月は伏し目がちに史緒里を見やる。
 うつむく彼女。その顔はいつも以上に蒼白あおじろく、今にも倒れそうなほどだった。余計な心配を掛けさせてしまったと美月は下唇を噛んだ。
 そんな中、新たに教室へ入ってくる影が一つ。

「おい! お前らッ」

 低い声だ。その響くような低音にびくりと肩を震わせる史緒里。史緒里ほどではないにしろ、美月もわずかにたじろいだ。
 
「梅ちゃん!」

 祐希だけは別のようで、ぱぁっと笑顔になりながら現れた人物――美波みなみへと駆け寄っていく。

「こんな所で何してんだよ……とっとと逃げるぞ」

「あ、うん」

 美波の言う通りだ。侵入者の狙いがなんであれ、馬鹿正直にあちらさんが来るのを待っているわけにもいかないだろう。

「逃げるって、どっちに?」

「裏口側だな。奴らが昇ってくる反対側……逃げるならそっちしかねぇだろ」

 美波が誘導する方へと急ぎ足で教室から出る三人。
 そして何故か、『ッチ』と舌打ちする美波。
 このタイミングで舌打ちする美波のことが気になって、なんとなく振り返る美月――の顔を美波の手が押し退けた。

「――避けろ!!」

 美波の大声と共に、顔から史緒里ごと壁へと叩きつけられる。ちょうど壁の出っ張りとなる柱の後ろへと。

「あぐ!?」
「痛ッ」

 その柱スレスレを何かがひゅんと通り抜ける。
 何事かと柱から顔を覗かせる美月だったが、急いでその顔を引っ込めた。

「――っ」

 再び通り過ぎる何か――銃弾が続くように二発、三発と飛んできたのだ。

「――目標ヲ発見! 三階に従者らしき者と他二人」

 見つかってしまった。教室に長居しすぎたようだ。

(わたしの馬鹿っ。史緒里を連れてすぐにでも逃げるべきだった)

 後悔も一瞬。そばに居ない祐希と美波が気にかかり、

(まさか……)

 なんとか目線だけで廊下の様子を窺う。二人が倒れている――なんてことはなく。どうやら祐希らは上手く退避出来たようである。

 そうして、
 十メートルほど先から近づく人影が三つ。それぞれが自動拳銃を構えながら、美月たちの方へとにじり寄ってきていた。

 身を隠しながら、胸ポケットから小さな拳銃を取り出す美月。
 もしもの為の武器である。三丁の自動拳銃相手に小さな拳銃一つで立ち向かうなど到底心元とうていこころもとない。
 それでも、

(せめて史緒里だけでも……)

 彼女の一番大切な者を守るため覚悟を決める。


 刹那、美月は跳ねる様に横へと飛び出した。転がりながら構えた拳銃。その銃口から放たれた弾丸が目標の肩へと命中する。

「Oh shit! 」

 驚く三人の男。
 同刻に彼らの横から美波が飛び出してきた。
 教室のドアを蹴破りながら登場した美波。そのドアごと男の一人を壁へと押し付けた。

「――ゥゴ!?」

 ぎりりと軋む体に悲鳴を上げる男。

(梅……笑ってる?)

 笑う――否、嗤う美波。
 ズズズッと壁に血痕を引きながら崩れる男を、尚も獰猛な笑顔で見つめていた。
 その横顔に拳銃が向けられる――

「――はっ――おせぇよ」

 それよりも速く、美波の右手が男の顔を掴みあげていた。そのまま地面へと叩きつけられる男。
 骨が砕ける鈍い音に思わず目を瞑る美月。美波と違って戦い慣れていないのだ。美月は少しばかりの訓練を受けただけである。
 であるから、戦闘中にも拘わらず、目を瞑るという愚行を犯すのだ。

 瞬く間にやられた仲間に動揺することもなく、一歩引いて美波へと銃を構える最後の一人。

(――あ! しまっ)

 同じようにして慌てながらもその一人へと銃口を向ける美月――目を瞑っていたぶん男よりやや遅れて――

 
 ただし、
 ――二人より速く動いたのは美波であった。

 美波の長い脚がうごめく。
 彼女から繰り出された背面蹴りが、背後の男の腹へとり込み、折れ曲がる体。
 そうして嘘みたいにふわりと浮いたその男へと――振り向き様に放ったトドメの拳骨が叩き込まれた。

 
 美波は倒れた彼らを一瞥し、

「なんだよ……思ったよりも呆気あっけねぇな」

 そう吐き捨てこちらへと歩いてきた。

「おいおい……いつまで寝てんだよ。早く行くぞ、山下」

「ぁ、うん」

(……梅……強すぎでしょ……)

 美波の喧嘩を見たことなどない。数々の噂を耳にしたことがあるくらいだ。
 ”強い”というのは知ってはいた。
 それでも兵隊を相手に圧倒するなど微塵みじんに思ってはいなかった美月である。
 そうして、

(いけるかも……)

 美波といれば助かるかも。と淡い期待を抱くのであった。


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