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乃木編 3話

 二千〇〇年。
 世界的に感染症が爆発的に流行り、数億もの人口が減少した年。
 同時に世界各地で略奪行為りゃくだつこうい紛争ふんそうが急激に増加。

 あわや世界大戦の危機にまでいたっていた。

 日本も例外にあらず、K国から攻め入られるとまたたに北海道・東北を占拠され、福島との県境で戦線が展開された。
 A国の助力もあり、どうにか前線を維持する。
 そうした激しい戦禍により両親・親族・住む場所を失う子供が後を絶たなかった。

 これが後にいう東北戦争である。

 劣勢れっせいを強いられた政府は民兵を募ることとなる。
 成人男性のみに関わらず女性・子供も対象とし、歩兵戦へとり出された。
 西野七瀬も十五でこれに参戦した。

 戦は八年に渡り、東北地方を取り戻して停戦ていせんを迎えた。
 依然いぜん、北海道は占拠されたままである。

 東北戦争終結から三年後の現在。
 乃木坂市・乃木坂高校にて、西野七瀬は屋上から体育をしている生徒を眺めていた。

「――ってことが昨日あったんやけど」

 と、通信先の女性に七瀬は告げた。

『なるほどね~。まさか乃木坂市の通り魔がなぁちゃんの生徒だったとはねえ。とりあえず無事でよかった。さすがなぁちゃんだわ』

「ナナが通り魔なんぞに負けるわけないやろ? かすり傷ひとつおうてへんで」

『ああ、いや。なぁちゃんじゃなくてね。……例の子の方ね』

 通信先の女性――新内眞衣しんうちまいがいう例の子とは、七瀬が監視を担当している生徒のことだ。

「そっちは心配せんでええよ。しっかり見とるから」

『うん……それで、その件なんだけど』

 眞衣の声色こわいろが真面目なそれへと変わる。

『社長からの伝言を伝えます』

 ……

 ごきげんよう皆の衆

 日々の任務、御苦労様

 早速本題なんだけど

 いよいよ、あちらさんが動き出したわ

 今朝方けさがた、第二王子の隠れ家に襲撃があり、対処した白石・松村がそれを制圧

 同時刻に第八王女への屋敷にも同様の事があったと王国から報告を受けたわ

 ひとまずこちらの動きはそんなところね

 間違いなく皆の所にも何かしらの手が加わると思う

 各自、警戒をおこたらないように

 以上!
 ……

「……西野七瀬、了解や」

 戦況が動き始めた。
 長かった任務もそろそろ終わりか。

 西野七瀬の任務。
 それは日本にいるT国の王女の監視である。

 T国国王は第一王子から第十三王子、第一王女から第十一王女と子宝に恵まれ、八名もの王妃を抱えていた。
 数年前に、跡継ぎによるいざこざが起こるであろうと危惧きぐした一人の王妃が、母国である日本へと娘を避難させた。
 その子が七瀬が担当する第十一王女であった。

 そして、今から一年前。
 国王が崩御ほうぎょしたのである。
 当然のように始まる跡継ぎ問題。
 第一王子側が遺書を預かっていたと声明を発表。

 それに意を唱えたのが第五王子である。
 賛同する様にいくつかの王子・王女が彼に従うと名乗り出た。

 彼らの言い分は真向から対立し、やがて武力衝突へて発展。
 T国内戦が始まったのだ。

 東北戦争時T国から援助を受けていた日本政府はここに参戦。
 第一王子派へと秘密裏ながら助力を開始。

 それが西野七瀬がぞくする民間軍事会社の参入であった。

 民間軍事会社――『フォーティーシックス』通称ヨンロク。
 橋本奈々未を社長とする少数精鋭しょうすうせいえいの組織であり、東北戦争の経験者で構成され、戦争終結後も自国の問題の他、他国への武力支援等を行っている。
 いずれも数多の戦争を生き残った一騎当千の実力者である。

『もしかしたら、なぁちゃんのところにも敵がくるかもしれない……。ただ、私としては日本にいる末席の王女にまで手を出すなんて、さすがにないんじゃないかなって思ってはいるんだけど』

「どうやろ? どちらにせえ、来たら潰す。それだけやで」

『あはは、なぁちゃんらしいわ』

 電話先でくすくす笑う眞衣。

『それじゃ、何かあったら連絡ちょうだい』

「ほ~い」

 通信を切る七瀬。
 振り返り、塔屋を見上げて声を掛けた。

「盗み聞きとは感心せんなぁ~?」

「……」

「大丈夫やで、怒ったりせえへんから出ておいで。……なぁ、お二人さん?」


「バレちゃった。やっぱり鋭いね、七瀬さんっ!」

 てへっと舌を出す教え子が、ぴょこりと姿を現した。
 続くようにもう一人がのそりと体を起こす。

「……別に盗み聞きしてたわけじゃねぇっすよ。先にいたのはあたしらの方だし……。あんたが勝手に話始めただけだろ? 七瀬さん」

 そう不機嫌そうに呟く。
 七瀬の視線の先、塔屋の上にて寝そべっていたであろう二人。
 祐希と美波が何か言いたげにこちらを見下ろしていた。

「確かに間違まちごうてへんな~」

 からからと笑う七瀬。

「そんで、どないする?」

「どない??」

「……どうもこうもしねぇっすよ。この学校はどんなやつがいても不思議じゃねえから。あんたみたいな得体えたいの知れない人間がそこかしこにいるしな」

 興味なさそうに話すと再び寝そべる美波。

「祐希は興味あるっちゃ!」

 対して落ちそうになるくらい前のめりに体を乗り出した祐希。

「詳しく聞きたいなぁ~」

「ん~。話してもかまわへんけど」

「お!」

「聞いたら戻れなくなるで?」

「それはそれでそそられる!」


「っち」

 再び身を起こす長身の不良。

「……殺すのか? あたしらを」

「殺す? ナナが? そんなわけないやろ」

 真剣な目で睨まれ、同じく真面目な顔で答えた。

「これでもナナは二人のことは気に入っとるんやで」

「祐希も七瀬さんのこと大好きです!」

 元気よく手を上げる祐希。

「もし何か困ってるのなら協力しますよっ」

 嬉しそうに手をにぎにぎさせ始めた。
 まるで商人が交渉を始めるようなたたずまいだ。
 情報通と自他ともに認めている祐希。
 彼女の力を借りられるなら色々と役に立つだろう。

「そうやな、詳しい話はできんけど……」

 と言いかけて、

「うめざわ~ッ!!」

 盛大に扉を開く何某なにがしかの登場に、それ以上の言葉を発することなく口を閉じた。

「って、あれ? 西野先生もいるぞ」

「馬鹿やろう! 教師なんかにびびってんじゃえねえよッ」

「で、でも森山」

「うるせえ。今日こそはこいつをボコして俺が番長の座につくんだよ」

 鼻息あらく男子生徒が頭上を見上げた。

「そこにいたかぁ梅澤!! 降りてこ――ッ」

 言われた通り森山の目の前にストンと降りる美波。
 そのまま至近距離で森山を見据えた。

「どうした? やるんだろ?」

 美波はすごみのある眼で睨みつける。
 対照的に顔を引きつらせ、

「お、おう!」

「……」

「……きょ、今日のところは教師もいるし! 次の機会にしてやる!」

 などと腰を引かせる森山。
 先ほどとは言っている事が正反対だった。

「い、いくぞ!」

「え? ちょっと、おい」

「待ってくれよ森山~」

 慌ただしく去っていく森山たち。

「……情けねぇな」

「梅澤の迫力すごかったで、ありゃ~素人じゃ太刀打ちできんやろなぁ」

「……そうっすか」

 森山に続くように扉に手を掛ける美波。

「あれ? いっちゃうの? 梅ちゃん」

 慌てる様に手すりを降りてくる祐希。
 美波はそれを掴みあげると脇に挟み、

「……わりぃんすけど、きょうが逸れたんでここで失礼させてもらいますわ」

「……そか。ちゃんと残りの授業にはでんやで」

「え~。祐希はまだ七瀬さんと話が!」

 などとわめき散らす小動物を抱えたまま階段を下りて行った。


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