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櫻第三機甲隊 3. 灰狼

 後方支援基地に辿り着いたシオン・グラスフォード。
 補給のために立ち寄ったはずが、思わぬ事態に遭遇することとなった。

「教えてくれ。何故、捕虜を殺害しているのか……返答次第ではたたじゃおかない」

「たたじゃおかねえだと?」

「そもそも、俺らは軍機違反を犯してるわけじゃねえ! いくら精鋭エース様といえど口を出さないで貰いたい」

(……なんだと?)

 自分の耳を疑った。
 『軍機違反ではない』と、確かにそう聞こえた。

「ふざけるな……捕虜を虐殺する行為が軍機違反じゃないというのか!」

 声を荒げて問い詰める。

「俺が知らない内に規律に変更があったと?」

「……変わっちゃいねぇよ」

「なら――」

「最初からだよ。……捕虜は選別後、使えないものから処理する。そう決められている」

「嘘を吐くな!!」

「嘘じゃないさ! 『灰狼はいろう』さん、知らないのはアンタだけだよ」

「そうだ! アンタらみたいな一部の偽善者らには知らされていない。これが本当の軍機さ。知られちゃいけねぇんだ。だから……見なかったことにしてくれよ」

「……」

「よく考えたら分かるだろ? これだけの侵略を行っているんだ。抱える捕虜の数だって膨大に増え続けるだろうよ。そんなのを食わせる蓄えがあるわけねえだろ……だから必要なんだよ! 間引きがよお!」

 『間引き』老人、子供。病人や負傷者。力なき者を間引きと称して殺しているのだ。

(――間引き、か……)

 知らなかった、考えれば分かりそうなことなのに。シオンは浅はかな自分を罵倒したい思いだった。

「――っ」

 荒い呼吸を落ち着かせるように大きく息を吐いた。
 

「……分かった」

「そうか、分かってくれたならいい。アンタはだまって基地内に」

「そうじゃない」

「――あ?」

「お前らの事情は分かった。だがそれを「はい、そうですか」と認めるわけにはいかない」

 そう言って再び銃口を向ける。

「ア、アンタ! 正気か?」

「……残念ながら正常だ。……これは命令ではない、ただの宣告だ。――武器を捨てて機体を降りろ。さもなくば殺す」

 静かに言い放った。
 ”味方への攻撃行為”、これこそ本当の軍機違反だ。
 機甲乗り、それも”精鋭”と呼ばれるまでの地位にまで上り詰めたこれまでの苦労が泡となる。
 むしろ権威剥奪どころではない。明らかな反逆行為と見なされれば、即座に討伐対象へと切り替わるであろう。
 それでも――

「俺は許さない。こんな事は絶対に認めない」

 帝国が掲げる『武力による大陸統一、それによる恒常的平和』を信じて戦ってきたのだ。
 ”平和のために多少の犠牲はやむを得ない”というのも理解はしている。

 だが、これは違う。
 無抵抗の民を虐殺する行為。こんなのが平和の為であるはずがない。
 これを認めてしまえば、シオンという存在の根底が揺らぐ。
 自分のような被害者を、戦争孤児や愛する者を失った悲しみをこれ以上増やさないために……必死で戦い抜いてきたのだ。
 この後どうなろうと構わない。これまで沢山の命を奪ってきた側だ。まともな最期は送れないだろうと覚悟はしてきた。例え味方に追われて命を散すことになろうとも、だ。
 
「十秒待つ。機甲を降りろ」

「……」

 味方機らは無言のまま戦闘体勢に入った。

 状況が飲み込めていないのか、困惑した様子で固まっていた捕虜たちだったが、自分らを背にした帝国機を目にして我先にと逃げだした。

「こいつらッ!?」

 気付いた一機が振り返る。

「やめろ!」

「逃さねぇ――」

 シオンの静止を無視して、帝国機は捕虜へと銃口を向けた。

 「――くそっ」

 もはや戦闘は避けられない。
 シオンは、舌打ちしながらコックピットを撃ち抜いた。
 ビームが機甲の胸元に巨大な穴を穿つ。

「こ、この野郎!!」

 仲間をやられ激高する帝国兵。

「殺せ!! いくら精鋭といえどたったの一機だ! やっちまぇ!」

 彼の合図と共に、”元”味方機が銃撃を散らす。

「――」

 銃口の射線と予測されるデータを瞬時に読み取り、スラスターを全力で噴かせる。さらに、内臓されたホバー機能を用いて一瞬にして最高速度へと――
 銃弾の嵐をジグザグに躱しながら瞬く間に敵機へと距離を詰めた。

「なにぃ!! こいつ速すぎるッ」

 驚く帝国機乗り。
 彼の機甲左肩部から右腰部へとかけて、超振動ブレードの刃が袈裟斬りに両断した。
 別機から放たれたマシンガンを同様に躱し、これもまた同じように一振りの元に斬り伏せる。

 荒野に轟く銃撃と爆発、金属のぶつかる音が、エンジンの駆動と、高速に動く巨大な人型兵器が空気を震わせた。
 さらに繰り返される一方的な戦闘に、悲鳴に似た雄叫びをあげる帝国兵士。
 彼らの抵抗も虚しく、圧倒的な機動力を有する『灰狼』を相手に瞬く間にその数を減らしていった……
 そうして、僅か数分のうちに戦いの決着が着いた。
 砂塵が収まった後には、ただ一機、シオンの操る機甲が立っているだけであった。

 

 

「……」

 動かなくなった元味方機らを見据える。
 後悔はしていない。罪悪感もさほど感じてはいない。味方ではあったが顔も名前も知らないのだ。
 それに、

(命令とはいえ、笑って人を殺す奴らを俺は人間だとは思えない……)

 彼らの行いを到底許すこなどできなかった……
 

 視界の端では西へと走り去る人々が見えた。

「……大丈夫そうだな」

 生き残った捕虜たちが無事逃げおおせたことに安緒する。
 確か……彼らの進む先、遠くない位置に集落があるはずだ。
 侵略予定には含まれない非戦闘区域だから、そこまで逃げれぱ命の危険はないだろう。

(……後は俺の事か)

 味方を殺めた。
 ほどなくして本部へと伝わるはず。もしくは既に通達されていて、追手が迫っている可能性もある。
 反逆兵の末路など想像するまでもなく、処刑されることは明白だった。

 但し。
 精鋭である『灰狼』ともなれば一兵卒らが相手できるはずもない。
 それ相応の追っ手が用意される。前線から遥か後方の基地周辺に、そんな手練れが存在するとは考えられない。
 ともなれば、
 
(時間はまだありそうだな……)
 
 と結論付ける。

 
 
……
 
 

 元は櫻共和国の領土であった荒野に設営された基地だった。
 そこまで大きい規模ではないらしく、今倒した兵士ら以外には機甲の姿は見えなかった。
 突然暴れ出したシオン機に危険を感じてか、職員らも基地を捨て去り避難したようだ。
 
 シオンは誰もいなくなった無人の基地から、推進剤・弾薬・燃料、それに食料を確保し、いくつかの資料を手にして足早に機甲へと乗り込んだ。
 
 座席正面にある小さな台の上に地図を広げる。
 
「さて……逃げるわけだが……」

 元とはいえ帝国側の人間だ。
 櫻共和国に逃げるわけにもいかない。
 もちろん帝国に帰還するなんて以ての外だ……

「参ったな……」

 シオンは地図を眺めながら頭を悩ませるのであった。


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