櫻第三機甲隊 13. 蒼き竜
魔獣辞典の最後の数頁に渡り名を連ねる魔獣たち。
危険度S。
伝説として名前だけなら誰もが知っていた。
その中の一つ――ドラゴン。
遥か昔。
この大陸には三体のドラゴンが存在していたと伝えられている。
赤き竜は三つの大国を業火の海に沈め、黒き竜は人間も魔獣も関係なく万物全てを対象に破壊の限りを尽くした。
やがてかの竜たちは互いに争いを始め、大陸の南側にて滅んだとされている。
それにより黒き森が誕生したのだと”大陸に伝わる一種の噂話”として記す書物もあるらしい。
そして、最後の一体。
蒼き竜は新たな大陸を求め海を渡ったと記されていた。
今、まさにシオンらの見上げる先に佇むドラゴンは、辞典に記された蒼き竜なのではないだろうか。
つまり、この竜は少なくとも数世紀前から存在していることになる。
そんな馬鹿げた話があるのか。
いくら考えても答えはでない。実際に誰も目にしたことがないのだ。
シオンも愛季も状況が理解できず、息をすることも忘れてその一点を見つめていた。
それでも、
「――!! ッッ!?」
咄嗟に反応できたのは幾多の戦闘経験がなせる業だった。
シオンは全力で機甲を後退させた。
直後、凄まじい風切り音が聞こえ一迅の風が地面を抉った。
垂れ下がった尾による一撃だ。
「……え、あ……っ」
シオンに遅れて背後の少女が浅く息を吐く。
「――くっ」
「うわっ!?」
再び蠢いた巨大な尾。その先端の棘が森林を切り裂いた。一撃で辺りが更地と化していた。まるで爆弾を落とされたかのように。
「おい、トカゲ野郎」
尾の一撃を躱し竜の胴体の真下に潜り込んだシオン機。風圧に押されながらも手にしたビームライフルを構えていた。
「がら空きだぞ」
心臓部分と思わしき部位に狙いを定め、その引き金を引いた――
――パチュン、と聞いたこともない音がシオンの耳に届いた。
「――は? なんだよ、嘘だろ……おい」
ビームが鱗に弾かれ呆れるシオン。唯一の飛び道具がまるで効いていない。
「あはは……」愛季からも乾いた笑いが漏れ聞こえた。
反撃とばかり竜が翼を広げた。
何か来る――と感じた時には既に動いていた。
両翼によって発生した旋風が真空の刃を生み出して、それが続けざまに広範囲に降り注いだ。
不可視の風刃である。様子を窺っていたであろうエンティらがその攻撃によって見るも無残に散っていった。
「―――――」
シオンは全神経を集中させた。
不可視といえど、歪んだ空間に異常を知らせる計器、己の勘を頼りに風刃を紙一重で躱す――
そうして嵐のような攻撃の全てを避けきった。
「シオン、あなた……」
「まだだ!」
感心する愛季に忠告する。終わりではないと。
「ッチィ――」
竜が急降下を始めた。それも尋常じゃない速度で――
「か――躱せぇえ!!」
祈るように操縦桿を引き寄せた。
迫りくる竜の腕。突然伸びたかと思えば、それが地面に大きな穴を穿った。まるで大砲だ。
巨体から繰り出されるすべての攻撃が、受けたら間違いなく死を告げる。
シオンでなかったら初撃でやられていたであろう。
この男の受ける技術、回避する力は帝国随一といっていい。
さらに反撃の糸口を見つけるのも天才的だった。
横薙ぎに振るわれた尾を飛び越える機甲。
その行動に「っっわわ!!」と驚いた愛季。
ジェットを吹かせて空を駆ける芸当に信じられないといった様子でシオンの背もたれを掴んだ。
「嘘でしょ!? これ、空飛んでるよ!! ねえ、どういうこと!?」
「ごちゃごちゃ喚くなッ」
驚いたのは竜も同じだったのであろう。
自らを見下ろす形でブレードを構えたシオン機に、灰色に濁った眼を大きく見開いた。
「驚いても遅いぞ。トカゲ野郎!」
降下と共に突き出すようにブレードを構え直す。
刹那、背後から烈風が襲いかかった。
咄嗟に空中で機体を捩じる様に回転させた。その横を烈風――竜の尾が通り過ぎていく。
「凄い!!」
何度目かの愛季の”凄い”だ。
さも当然かのようにそれを鼻で笑うシオン。
「決めるぞ――!!」
蒼き竜の背に降り立つ機甲。両手で握った超振動ブレードの刃先を鱗の隙間に突っ込んだ。
「――ガァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ――!!」
と絶叫を上げたのは間違いなくドラゴンである。
――だがしかし。
「……これは、駄目だ……モノが違う……」
敗北を悟ったのはシオンの方だった。
鱗の隙間に突き立てた刃が、それ以上入っていかなかった。どんな鉱石すらも焼き切る超振動が、ドラゴンの肉体に小さな傷をつけることすら叶わない。
こんなのはイチ機甲が相手できる次元を超えている。いや、人が勝てるモノではないのかもしれない。
一体、どんな攻撃だったらこの怪物に傷を負わせることが出来るのか……
絶望――初めて感じたその感情が、シオンの思考を完全に停止させた。
だけど、
「――シオン!!」
と背後から叫ぶ愛季の声に再び気力を取り戻した。
愛季を死なせるわけにはいかない――と。
(たとえ俺が死んだとしてもこいつだけは――)
自分でも驚くほど彼女を助けたいと強く思った。
「逃げるぞッ」
三度。迫る尾を回避して、竜の胴体から飛び降りた。
次いで直地と同時、即座に逃走を選択。
直後、轟く爆音に振り返った。
「――あ?」
その視界を青白き何かが埋め尽くす――
「ガァッ―――――ァァ……」
突然、激痛がシオンを襲った。
喉を焼き尽くされたかのようなジリジリとした痛み、骨が軋むような強烈な衝撃を感じて――今度こそ、その思考を停止させた。
「……え!? シ、シオン?」
蒼い閃光に思わず目を瞑った愛季。
衝撃と共に機体が激しく揺れ、シオンが呻き声を上げた。
ドラゴンの攻撃を喰らってしまったのだと理解するのに数秒、シオンが気絶したと気付くのにさらに二秒の時を要した。
「――!!」
咄嗟のことだった。
悪寒、というよりは濃密な死の気配といった方が正しいか。
それを感じたときには愛季の体は飛び跳ねるように動いていた。
ゴム製の副座席からシオンの座る操縦席へと即座に移動し、シオンの足の間に強引に座って彼の握るレバーをぎゅっと握り絞めた。
「こう――だったはずっ」
見よう見真似。
ずっとシオンの操縦する様を見てきた。
別に盗って変わろうなどとは思ってなかった。
ただ、その操縦技術を少しでも身につけようと見ていたのだ。
「動いた!!」
喜ぶ愛季。操縦桿を倒しながらスラスターと思わしきペダルを踏み込んだ。
「うん! これだ。基本的には帝国も同じッ――だ!!」
尾による一撃を機体を横へと飛び跳ねるように移動させて、どうにか回避を成功させた。
「……この機甲。すごく軽い!」
確か専用機だとシオンは言っていた。
空を飛ぶように跳躍した芸当も、この機甲だから出来た技だったらしい。
「……ふうー」
愛季の見据える先。
上空にはこちらを見下ろす蒼き竜の姿があった。
先ほどまでとは違い、攻撃の手を止めてこちらの動きを待っているかのようだった。
「気づいたの?」
まさか操縦者が変わったことなど、魔獣が分かるはずもないのだが……。
まるで王様だ。
どこか威厳すら感じられる。そんな雰囲気を身に纏っていた。
攻撃が通らないことはシオンの戦いを見て分かっている。
それにシオンが気絶した攻撃は、決して回避できるようなモノではなかった。
おそらく――
「電撃……」
蒼い光。それが電撃による攻撃だと愛季は考える。
ゴム製の椅子に座っていたから愛季だけが無事だったのだ。
そう考えれば辻褄が合う。
雷は音すら置き去りにする。
シオンならまだしも愛季には回避できないだろう。
つまり、この竜が次に電撃を放った時は終わりだと思った方がいい。
「だとしたら……どうして撃ってこないんだろう?」
もしかしたら充電が必要な攻撃なのかもしれない。
そもそも、今こうやって攻撃が止んでいること自体謎だった。
「逃がしてくれるのかな?」
なんて呟いた愛季に被せるように竜が咆哮を上げた。
「……そっか。それはダメか」
魔獣の考えなんて分かるはずもないのだが、何故だかそう言っているような気がした。
「仕方ない。やるだけやってみるよ……シオン。力貸してねっ」
愛季にもたれかかる様に意識を失っているシオンにそう告げて。
「よし! お待たせ! 選手、交代だよっ」
今一度、伝説と対峙する――
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