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櫻編 9話

ストーカーの護衛。
それを仕事として受け持った藤崎春樹。
彼が胸にぶら下げているのはスタッフの証である。
そのストラップを指ではじきながら気だるげにレッスン室の片隅で暇そうに座っていた。

彼の仕事は見ているだけ――正確に有事の際に動くだけである――

「おつかれさんやね、春樹君」

「おつかれさん。……俺は疲れてはいないぞ、見てるだけだからな」

休憩がてら様子を見に来た保乃にそう答える。

「そういえば静かだと思ったら、三期生はいないんだな?」

ここに通うようになってからいつのまにか懐いた谷口愛季と向井純葉を思い出す。

「三期生達は期別の仕事でしばらく遠くのほうで合宿やねんな。……もしかして春樹君、寂しいんちゃう?」

「……別に」

「寂しいんやったら保乃がかまったろか」

「おい、寂しくねえっていってんだろ」

「またまたー」

春樹をからかう保乃。
最近よくあるやり取りだ。

「田村、しつこいと嫌われるぞ」

「た、たむら!? いやや、保乃って呼んでや!」

「……田村さん」

「た、たむらさん!? もはやさん付になってもうた」

「……いいか? 俺は、寂しく――」

「ない!! 春樹君は寂しくなんかないよね!」

食い入るように答えた保乃に、若干顔を引きつらせた春樹だったが、気を取り直すかのように軽く咳払いをした。

そして、

「……うむ、その通りだ。よく出来ました。えらいぞ保乃」

「ぇ、ぇへへ……」

まるで子供をあやすかのように保乃の頭を撫でた。
愛季たち年下と接する機会が増えて、自然にこういう行動をするようになっていたのだ。
 
「で、でへへへ」

「……おい、気持ち悪い笑い方するなよ」

「な!? ひどない? 女の子に気持ち悪いとか冗談でもいったらあかんからな!」

気持ち悪いと言われちゃさすがに黙っていられないのであろう。

「へーへー、それはすんませんね」

「ぁー! なんやそれ!」

投げやりな謝罪にさらに怒りのボルデージが上がったよう――だったが、

「まぁまぁ、そんな怒ると可愛い顔が台無しだぞ」

「ゕ、可愛い!? ちょ、ま、……そうかな? 可愛いかな?」

可愛いと褒められそのボルデージは即座に下がっていった。

(ちょろいやつだな……)

「うむ。そういえば可愛い可愛い保乃ちゃんや」

「な、なになに?」

「さっきから夏鈴が見てるぞ。何か用があるんじゃないか?」

「……あ、そうやったそうやった。うふふ……かっりーんちゃーん! いっまいっくでー」

ニヤけた面のまま走っていった保乃を見送り、ふーっと息を吐き目を瞑った。
 
『もしかして春樹君、寂しいんちゃう?』

先ほどの保乃の言葉が頭の中でリフレインしていた。

(寂しい……か。なにをやってるんだろうな……俺は)

らしくないと思う春樹。
保乃らと出会ってから、少なからず居心地のよさを感じてしまっている自分がいた。
護衛の仕事を受けたのも素直に彼女らの身を心配してのことだった。

(俺は弱くなったのか?)

自らの心の機微にモヤモヤする春樹であった。



 

一日のレッスンが終わり帰り支度を始めるメンバーたち。

「おまたせ~」

「お、きたきた」

「……うん、お疲れ様」

「おつかれさん麗奈。帰れるか?」

田村保乃、藤吉夏鈴、守屋麗奈。
この三人の付き添い兼護衛が春樹の役目である。

「うん! 帰れるよ~! あっ!!」

何かに気づいた麗奈だ。
 
「どうしたの?」

ん? という顔をする夏鈴に、
思ったよりも大きな声が恥ずかしかったのだろうか、照れくさそうに答える麗奈。

「今日ね! 新作のリップ買って帰りたいなって」

「あー前いってたやつ? それ保乃も欲しいやつや」

ちらっ、と春樹の顔を伺う。

「……仰せのままに」

「やったー!」

「ほな、いこかー!」

そう扉をあけようとして……

――っぁあ!

再び麗奈が声を挙げた。

「……どうしたの、守屋ちゃん?」

先ほどとは違う空気を察して心配そうに尋ねる夏鈴。

その言葉が聞こえていなかったのか、苦悶の表情をして口を半開きにしていた。

「――ぅ、ぅうぐ」

と呻き声をあげて頭を抱え始めた。

寄り添う春樹。

「……なにか視えたのか?」

麗奈の能力には、予知夢の他に数舜、数分先の未来を視ることができる力もある。
しかし、それは本人の意思とは無関係に発現してしまうのだ。
 
今の麗奈に見られる症状も未来視を行使したときのそれだったのだが、

(苦しそうにしてる……いったい何が見えた?)

尋常じゃない彼女の様子に訝しむ。

「熱い……ぅう、ヤダヤダ!!」

「麗奈、大丈夫やで。みんなおるから」

自らの体を抱きしめるように震えだした。

――ッチ

(ん?)

――ッチ

「なんだ? なにか聞こえる」

「確かに……」

「ほんまやな」

――ッチッチ

音がするほうに近づいていく春樹。

そのすぐそばで音のありかを探していた夏鈴、不安に思ったのか春樹の袖をつかむ。

――ッチッチッチ

休憩室の隅、小さなダンボールがひとつ。
なんの代り映えのしないただのダンボール。

たしかにそこから聞こえてくる小さな音。
普段なら気にもしないだろう。

(ただのダンボール……だよな? この音はなんだ? まさか、いやそんなわけないよな)

……そんなわけない、こんな所にそんなものがあるはずがない。

頭の片隅に浮かんだその考えを否定するかのように、ひとつ息を吐く春樹。

そして、決意して箱に手を伸ばす……

――ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。

「ダメ!! 春樹くん!! 逃げて!!」

突如、叫ぶ麗奈。

彼女の忠告は時すでに遅く、

「――は?」

――ッチッチ

無機質な機械音を鳴り響かすその箱。
蓋を開け現れたのは、タイマーが付いた機械仕掛けの物体で、まるでドラマで見るような爆弾に似ていた。
 
――否、正真正銘『爆弾』である。

チッチッチという音が鳴りやんだと同時、白い閃光が部屋一面を覆う。
 
鼓膜が破れるかと思うほどの爆音と共に――

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