逢いたいが情、見たいが病、愛されたいが罪
ループスさんの企画作品です。
企画テーマが「ハッピーエンド禁止」なので、そういう話になっています。
「…………麗奈っ、麗奈……」
「……、…………ん」
「――れ、麗奈……」
「――――」
一心不乱に腰を振る彼。されるがままの私。
ただ欲情をぶつけられるだけの行為だ。そこに愛など存在しない。
それでも私は構わなかった。埋めようのない心の隙間が、ほんの少しでも満たされればそれでよかったのだ。
「ふぅー……」
小さく聞こえた声に彼の方を見やる。
「タバコ?」
「ああ――」
……私があげたのをちゃんと使ってるんだね。
彼の口から微かに漏れる白い煙。
私はそれが消えていく様をぼんやりと眺めていた。
「禁煙するって言ってなかった?」
麗奈のその問いに一瞬固まる俺。
若干、罪悪感を感じながら頬を掻いた。
「あー、おう。やめた……禁煙するのをやめたんだわ」
「なにそれ」
呆れる麗奈。「よいしょっ」と身を起こし、ゆっくりと俺へと近づいてきた。
「……貸して」
「ん、ほい」
「ありがと、スゥッ――けほっこほっ」
「おい、吸えないなら無理すんなよ」
そう言って無遠慮に奪い返す。
「あっ……何だか最近、冷たいね」
「――悪い。そんなつもりじゃないんだけどな……」
若干の気まずさを感じて、麗奈に背を向けた。
「ねぇ……」
背中に感じる熱、纏わりついた麗奈が肩越しに言う。
「好きだよ、○○」
好意の言葉と共に近づいてきた淡いピンク色。求められたそれに「ああ、俺も」――と。
どこかぎこちなく応えたのだった。
「――んぅ……」
……もう五時か。
ベッドから降りて辺りを見回してみれば、薄暗い部屋に私一人。
どうやら彼は出かけたらしい。
いつものように窓辺へと向かう。見下ろせば汚らしい裏通りに寝そべる浮浪者の姿。その近くでは野良犬が残飯を漁っていた。
まるでスラムだ。
だが、それくらいが私の荒んだ心には合っている。
「……くだらない」
ぼそりと呟いて、定位置に置かれた望遠鏡を覗き込んだ。
遥か高みを見ようと――まるで星を観察するかのように――
この襤褸ビルが、ちょうどいいのだ。
「〇〇……」
離れた距離が心の距離か。
「ああ、○○――」
あなたが欲しい。あなたに愛されたい。
私はいつだってあなたに会いたくて堪らない――
なのにあなたは私を見ていない。今頃は他の女に現を抜かしているのだろう。
あなたが私を必要としてくれるなら、私は何だって出来るのに。
それであなたが壊れてしまったとしても。
私たちが真に結ばれる為ならば、それは致し方ない事だ。
「ふふっ」
窓ガラスに映った私は、自分でも見惚れるぐらい――艶めかしい顔をして嗤っていた。
「……遅いな。麗奈のやつ」
――カチッ、カチッ
「……っち。オイル切れかよ、くそが」
苛立ち混じりに喫煙所を後にした。
「ったく。電話にもでねぇし。まだ終わってねえのか?」
呟きながら――っち、と舌打ちをした時だった。
『最近、冷たいね』
先日、麗奈に言われた言葉を思い出した。
「……」
くしゃり、と紙の箱を握り潰す。
「……止めるか、煙草」
ずっと考えていたことだ。
二人の将来について。このままじゃいけない――と。
「迎えに行こう……」
そう言って踵を返した。
――直後、体が浮いた。フワッ、なんてものではない。とてつもない衝撃が全身を駆け巡った。
声にならない呻き。耐えがたい痛みに襲われ、意識を手放なした――その一瞬。
俺の視界に映っていたのは、黒塗りの車が一直線に突っ込んできたところだった。
『……遺体は二十代から三十代くらいの男性で、身長は170~180センチほど。警察の調べによりますと、焼け跡から電子タバコの発火による死亡事故であると――」
「……」
流れていたニュースを切り、山道の道端へと車を止めた。
「――んっしょ」
後部座席から袋詰めしたそれを引っ張り出す。
「……あなたが悪いんだよ」
誰もいない。動物の気配すら感じない深い森の奥。
「っふぅ……」
と一息ついて、運んできたそれを無造作に蹴り飛ばす。
――ズズッ、と重い音と共に滑り落ちると、予め掘っておいた穴へと綺麗にすっぽり嵌った。
後は土を被せて地を慣らせば完成だ。
「ふふ、百点……」
と私は満足げに頷いたのだった。
「る……」
「……〇――」
声が聞こえる。
「○○っ?」
「……ここ、は?」
「病院だよ」
「病院……」
「覚えてない?」
「覚えてない……というか何も――」
分からない。どうして俺がここにいるのか。記憶を探ろうとも浮かんでこない。
それに――
「……あんた、誰だ?」
「麗奈、だよ」
「麗奈……」
――知ってるような、知らないような。
「あー、目覚めてすぐのところ悪いんだが」
野太い声が聞こえてきた。
「櫻坂警察署の者だ」
部屋の入口に目を向ければ、手帳を掲げる中年の男が一人。
「いくつか聞きたいことがあってだな。まず一つ、あんたと交際中だった――」
「ちょっと刑事さん! 彼は目が覚めたばかりなんです! まずはお医者さんをっ」
「すまないね。お嬢さん。すぐ済むから」
と強引に俺の眼を覗き込んだ。
「守屋麗奈という名の女性の事だ。わかるな?」
「守屋、麗奈……」
思い出そうとすればするほど、俺は深い闇の底へと落ちていく――
「――ッ、駄目だ。分からない。……すいません。俺にはよく……」
「……」
「……おいおい、まじか」
「ここまでです! これ以上は彼に負担がっ、――あ! ほら。お医者様が来られました」
廊下に響く慌ただしい足音。
「今日の所はお引き取り下さいっ」
「っち。……じゃあ、また近いうちに」
そう言い残して男は病室を出ていった。
代わりに入ってきたのは白衣を着た数人の男女。
見た限り医師と看護師で間違いないだろう。
「私の指をよく見てください。何本に見えますか?」
「えっと、二本です」
「はい。では――」
医師らしき男の診察を受けている間。『麗奈』と名乗る女性がずっと俺を見ていた。
医師らが去った後も傍にいる見知らぬ女性。
そんな彼女と視線が交差すると、
「ふふっ、大丈夫だよ。後は私に任せて」
そう言って優しく微笑んだ。
「――」
……この人、どこかで。
この顔に見覚えがあった、気がした。
どこだっけ……。
細い記憶の糸を懸命に辿る。
そうだ。あれは確か、大学の時の――
必死に思い出そうと頭を押さえていたからか、彼女は心配そうに俺の手を取った。
「大丈夫。何もかも、私が上手くやるから……」
にこりと笑う。
「早く良くなってね、○○」
それは、どこか狂気すら感じるほどの笑顔だった――
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