櫻第三機甲隊 12. 空の王
「……フゥ……」
愛季から零れた掠れた吐息。それを掻き消す様に木々が騒めいた。五感を研ぎ澄ませてクドゥフの攻撃を待つシオン。
右――から左。高速に動く巨体の影。機甲の頭部を回しメインカメラでそれを追従する。不意に影が途絶えた瞬間――
モニターに映し出されたのは巨大な岩だった。クドゥフが放ったと思わしき、車程の大きさの岩が一つ。焦ることなく飛来するそれを縦に両断した。
「っ――!?」
ほとんど勘であった。
何かを感じ咄嗟に振り返ったシオン。その眼前に突如として迫るはクドゥフの棍棒だった。
「チィッ――」
ブレードで受け流し一端距離を取る。
投石が目くらましだったというのは予測通り。次の攻撃こそ本命だと予測して眼前を見据えていたのだが。
「……いつのまに」
疑問に思ったのは愛季も同じらしい。
(……何をした?)
事実だけを言えば岩を投げた後、一瞬の内にシオン機の背後に回り込んだということになる。だが、それは不可能に近い。瞬間移動をしたようなものだ。
そんな事が出来るなら最初の応戦で既にシオンは敗北を喫していただろう。
正面には熊のような魔獣が鼻息荒く棍棒を振り回していた。シオン機との距離は20m弱。
不用意に近づいては来ない。こちらの様子を窺っているかのようだ。
(……、……なんだ?)
感じたのは些細な違和感。正面のクドゥフを注視するも答えはでず。
「ねえ、シオン……」
と背後の愛季が呟いた。
「何か違くない?」
「違うとは?」
「いや、だってさ……あのクドゥフ」
一拍置いて、
「――胸の傷、小さくない?」
「―――――ッ――」
――胸の傷。
その言葉を聞いた瞬間、シオンは即座にスラスターを起動させた。クドゥフに向けて急速前進――
寸前で右方向へと直角に進路を変える。
直後、左側の大木が薙ぎ倒された。倒れ伏す木々を飛び越えて、
「――そ、そういうことなんだね!」
現れたのは二体目のクドゥフ。いや、正確にはこの個体こそ最初に戦っていたクドゥフだった。
「……番か」
「そうっぽいね」
新たに飛び出てきたクドゥフと比べると、先ほどまで相対していた方が些か小さく見えた。胸の傷もしかり。
自ら付けたと思わしき、引っかき傷を拵えて囮役を担っていた訳だ。おそろくこちらが雌だろう。
しかし。
(まさか、二体いたとはな……どうするか)
選択肢は二つ。応戦か、逃走か。
眼前のクドゥフから注意はそらさず、周囲の様子を見やる。
戦っている内に、予定より深い場所まで進行していたらしい。
魔獣はクドゥフだけとは限らない。危険を避けるならば逃走するべきだ。
だが、素直に逃がしてくれるはずもない。
興奮しながらもシオン機を取り囲むように左右に分かれたクドゥフ。
どうやら奇襲が失敗したことに動揺しているようで。距離を詰めてくることもなく、シオン機の周りをぐるぐると。
こちらが焦れるのを待っているのだろうか……。
「二対二だね」
なんて、唐突に喋った愛季に思わず噴き出した。
「――ふっ。愛季、お前って……面白いやつだな」
「ふふっ……そうかな? まぁでも嘘じゃないよ。二対二……だよ。シオンには愛季がついてるから。思う存分やっちゃって!」
「……そうか」
「うん! 死ぬときは一緒だから。愛季の命、シオンに預けるよっ」
「そうか……」
一蓮托生。
誰かの命を託されるなんてのも初めての経験だった。
「―――ふぅ……、さて、熊公よ。二対二を望んだのはお前の方だからな? 後悔するなよッ」
言葉と同時、
一回り小さいクドゥフへと切りかかった。背部と脚部のスラスターを使い急接近するシオン機。迎えるようにスイングされた棍棒を、潜り込むようにして躱す――そのまま滑り込みながら腰から抜いた小型ナイフで足に一閃。
次いでクドゥフの背後から低く重心を維持させたまま、逆手で握ぎり直したブレードで袈裟斬りにもう一閃。
決して浅くない一撃に呻き声を上げる雌のクドゥフ。
「シオン!」
「――ああ! ……そうだよな。お前ならそうするだろうな」
番を傷つけられて激怒したのだろう。
負傷した一体を飛び越えて、上から迫るもう一体。
感情のままに叩きつけられた木の棒が、地面に大きな陥没を作った。
「お前、一体の時の方が強かったぞ」
その一撃を機体を横にスライドさせて避けたシオン機。至近距離からクドゥフの顔へと目掛けて小型ナイフを投合する。
クドゥフは慌てたように棍棒でそれを防いだ。そうして空いた脇腹へと、ブレードが食い込む。
「――」
咄嗟に、シオンは後ろへと跳ねるように飛び退いた。
刹那、眼前を鋭利な爪が通り過ぎる。
続いて反対側から迫る棍棒を屈んで躱す。シオンが一息つくまもなく再び振るわれる爪、さらに棍棒、爪、棍棒――繰り返されるクドゥフの連撃。
それを――屈んで、潜って、ずらして――全てを紙一重で躱し。
そうして、
「ウガァアアーッッ!!」
雄たけびを上げながら大振りに繰り出されたその一撃に、待ってましたと機体を屈めて潜り込んだ。
クドゥフの懐。怪物の眼光がシオンを捉えた。
モニター越しに睨み合う両者――
「――焦り。敗因はそれだ」
無防備となった胴体を今度こそ切り裂いた。
黒き森に轟く怪物の絶叫――。断末魔の雄叫びが木霊した。
それを聞いて、負傷していた雌のクドゥフが立ち上がる。
「ガァアアアーッ」
と威嚇をし、シオン機目掛けて大きく飛び跳ねた。
振り返るシオン機。ブレードを下段に構えて油断なく迎え討つ――
「……」
「……え?」
はずだった。
「―――は?」
眼前の光景にシオンの頭の中は?マークで溢れていた。
――ぼとり、と赤い液体が空から降りそそぐ。遅れて、
「ひっ!」
それが落ちてきた――雌のクドゥフだった何かが――上半身を失った魔獣の体が。
死体の周囲に赤い血だまりが広がっていく……
「……う、嘘でしょ……」
「……」
クドゥフに襲われて、傷を負わせて、再び対峙して。一体を斃して残りは一体。
後は今のシオンなら造作もなくやれたであろう。
そうして、この森から撤退するはずであった。
「……愛季、夢でも見てるのかな……」
「なら、俺もだな……」
彼らが見上げた先に映るは、黒き森の上空に浮かぶ新たな敵の姿。
――それを一言で表せば”トカゲ”といえる。
但し、機甲よりも遥かに巨大な空飛ぶトカゲだ。
全長は50mほど。両翼を広げたらまるで飛行船並み。青色の鱗に覆われた胴体に、取って付けたような四肢がぶら下がる。太くて長い尾の先には鋭利な棘。二本の角とギョロリと動く灰色の瞳。
広げた口には人ほどの大きさの歯がずらりと並び、そこからちろちろとヘビのような舌が時折姿を見せる。
獣よりも凶悪でいて強大な生物、機甲が本来戦うべき相手。
それが魔獣――
さらに”それ”は魔獣の中でも特別な個体。
全ての生ける物の頂点。
『空の王』
――ドラゴンと呼ばれていた。
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