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日向編 3話

*注意*  グロ描写有。



本館の三階から繋ぐ渡り廊下を進む真壁たち。
人狼の警戒をしながら進んでいた為、襲撃から三十分ほどしてようやく別館に辿り着いた。

人の気配がない。物音ひとつしない廊下にて、ふと漂ってきたそれに足を止めた。

「皆はここで待機。各自十分に警戒するように」

頷く彼女たちを置いて、数メートル先にある部屋の前に立つ真壁。

一呼吸し、意を決してドアを開いた。

「……」

漂ってきた血の臭い。気のせいではなかった。
開かれた部屋、一面に広がる惨劇に眉を顰める。

そこは大勢が入れる講堂である。
この時間ならば運営スタッフ、撮影スタッフらが会議に利用していたはずのその場所。

 

もはや生きている者はいないだろう。

誰一人として……

数えられるだけでも十数人の遺体。
引き裂かれた腹から腸が飛び出て、顔は判別できないくらいぐちゃぐちゃにされていた。
四肢を欠損している遺体も少なくない。五体満足として残っているものは皆無であろう。
飛び散った血が壁を真っ赤に染め、足の踏み場も見当たらないほど、肉片が散乱していたのだ。

死体を見たことはある。
護衛の仕事上、そういった場面も何度か経験はしていた。
それでも……ここまでの惨状は未だかつて、見たことがない真壁であった。

「――ァ、ァァァ……」

と小さき声が聞こえ、自分のわき腹からひょっこり顔を出していたその存在にようやく気がついた。

咄嗟に口を塞ぐことでなんとか悲鳴をあげさせることを阻止できた。
 
「……正源司。ゆっくりでいい。深呼吸しなさい」

進言通り、胸に手を当てて深呼吸する陽子。
初めての実戦で平常心を失っていたのか自らをコントロールできていないようだ。
持前の好奇心が時として悪い方へと働いた。

(待ってろといったのに、仕方がない奴だ)

嘔吐――戻さなかっただけマシだったろうか。
 
パタンと静かにドアを閉め、顔面蒼白な彼女を連れて仲間の元へと戻ると、小さく震えている陽子を心配しだすメンバーたち。

「な、なにがあったんですか?」

ただ事ではないと察したのか、上目遣いに確認する海月だ。
なんと答えるべきかと顎に手をあてて考える。

(正直に伝えていいものか……)

そんな風に悩んでいた真壁を差し置いて、

「死んでた……」

と陽子が呟いた。
思わず止めようかと口を開きかけた――が、言葉を発することなくその口を閉じる。
考えを改めたのだ。

(……吐き出させた方がいいか)

ひょっとしたら長い夜になるかもしれない。
陽子ひとり真実を背負うにはあまりにも酷すぎる。
それに、どうせ隠すことなどできないのだから……と。



そこに、

――プルルルル

着信音が鳴り響いた。

「……ここだな」

すぐ近くの扉を開く真壁。
油断なく中を確認すると、彼女らに入るように促した。

――プルルルル

なおも鳴り続ける旅館備え付けの電話。

「……もしもし」

『――あ! 繋がった。もしもし、こちら今野だ!』

聞き覚えのある声だった。
皆に聞こえるように小スピーカーに切り替える真壁。

「ご無事だったんですね今野さん。こちら護衛班の真壁です」

『おお!! 真壁君か、君も無事だったんだね! よかった』

今野こと、今野義雄。
日向坂しいては坂道グループ全体の運営を担う人物が一人。
今回の企画にも同行していた彼だが、別仕事のため部屋で作業をしていたはずだ。

運が良かったともいえる。もし講堂にいたならば無事ではすまなかっただろう。

スピーカーから聞こえたその声に安緒する陽子たち。
最悪の事態を想像していただけに、今野の無事は彼女たちの心に確かな安心感を与えたようだ。

『真壁君。君は一人かい? 誰かと一緒にいたりとかは?』

「はい、います。三期生と正源司、平尾、平岡、山下の八人です」

『なんと!! さすがだよ真壁君』

受話器越しに向こうの歓声が聞こえる。

『こちらは一期生と小坂を抜いた二期生、そちらにいない残りの四期生。後、三名の護衛班の彼らと私で全員だ』

今の言葉に口を押えて喜ぶ陽子たちだ。
大声を出さないように噛み締め、頷き合っていた。
残りのメンバーが全員無事だということだ。

(よかった……といえるかどうか)

それで全員。
逆に捉えると、旅館の人間や残りのスタッフ、マネージャーとそこにはいない護衛班の面々の安否は不明なままということになる。

それに、伝えねばならない事実もある。

「今野さん……実は、つい先ほど講堂を確認したのですが――」

ゴクリ、と唾をのむ音が聞こえた。

「酷い有様でした……」

『ッ!! そ、そうか。そうか……』

明らかに動揺し気落ちしている今野。
たが、状況が状況なだけに彼の気持ちの整理を待っているわけにはいかない。

「一体、何が起こったのでしょうか。道場にいた私たちは……獣みたいな――わかりやすくいえば人狼に襲われたのです」

『君たちもか! 我々もだ。ちょうどコーヒーのおかわりを用意しようと食堂にいったときに久美たちと一緒になったのだが――』

その後に続く言葉に耳を疑った。
人間が突如として人狼化したというのだ。
馬鹿げている。到底信じられる話ではない。

……通常ならば。
この非現実的な状況においては信じるしかなかった。
実際にその対象と対峙したのだから、余計にだ。

『栗林君と佐藤君が我々を逃がしてくれた、その後、彼たちがどうなったかはわからない。舘山さんにいたっては……人狼化してしまったよ』

もはや言葉にできない衝撃がいくつも真壁を襲う。
栗林、佐藤、舘山。いずれも護衛班の面々だ。

『まだこの旅館内にやつらが潜んでいる。私たちもなんとかロビーまで逃げ延び、今は身を潜めている状況にある。真壁君、君はたしかバスの運転も可能だったよね?』

「はい、動かしたことは何度かあります」

そうか。私たちはこれから駐車場まで行き、バスで麓まで避難する予定だ。こちらも大所帯だ。残念だが、君たちを待っていられる余裕はないかもしれない。いつ襲われるかもわからない。だからこそ、なんとか皆を逃がしたい』

駐車場は旅館から少し離れたところに位置している。
大型バスといくつかの乗用車で旅館まで移動してきていた訳だが、それに乗って山を下るということだった。

『運転できる者も限られている。離れ離れになるわけにもいかないんだ。こちらは先に行くから、真壁君たちは残りの一台で避難してきて欲しい』

「分かりました。時間はかかるかもしれませんが、その案に従いましょう」

『助かるよ……真壁君、頼りにしている。皆を頼む』

「任せてください……この命に代えても守り抜きます」

『頼もしいね。しかしだ、もちろん君にも生きてほしい。私は、息子のように思っているのだからね』
 
「光栄です」

『はは。さてと、それじゃあ……また後で会おう』

「はい」

そこで通話は切れた。
聞き入っていた彼女たちに視線を向ける。

「皆、聞いていたな? これから移動を開始する。何があるか分からない。 
決して私から離れないように――いいな?」

神妙に頷く一同であった。





音を立てず移動を開始する。

耳をすませ聞き逃さないように。

鼻を利かせ獣特有の臭いを嗅ぎ逃さないように。

五感を研ぎ澄ませる真壁。

ふいに右手を上げた。制止の合図だ。

そのまま横に伸ばすと静かに下げ始め、腰の辺りにてそれをとめる。
 
”待機せよ”と理解をしただろう陽子たちは息を潜める。

摺り足で前進する真壁。

とある部屋の前で止まると、おもむろにドアノブに手を伸ばす。

それに触れた瞬間、一息にドアを開いた。

その部屋から突如として誰かが飛び出してきた。

眼前に迫りくる消火器を左手で受け止め、牽制するかのようにその人物の眼前へと手のひらを向ける。

「――む。伊藤さんか?」

伊藤。日向坂のマネージャーの一人。
三十代くらいのやや細身の女性。
ここにはいないはずの人物だ。

それもそのはず、彼女は――


「はい。そうです。私たちです。真壁さん」

と、もう一人が部屋から姿を現した。
別仕事でこの旅館にはいないはずの日向坂二期生が一人。

小坂菜緒。
マネージャーと二人、どういうわけか身を潜めていたということになる。
 


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