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乃木編 9話

「……三」

 スコープを覗きながら狙撃手――齋藤飛鳥は淡々と呟いた。

「――甘い……四」

 けたたましい音をして回るプロペラや、体の芯まで響くエンジンの駆動音と時折揺れる機体。
 それらに集中力を削がれることもなく目標を撃ち抜いていく。

(……慌ててしゃがんでも遅いよ……丸見えだから)

「五」

 五人目。現場に到着して即座に狙撃を開始した飛鳥。ヘリコプターの中からの狙撃であるが、一分経たないうちに五人もの敵を葬ったのである。

「あーーー!! あいつら逃げていくよ!!」

 轟音に負けない声量の大声が耳に抜けていく。

いくちゃん五月蠅うるさい」

 聞こえないようにそうき捨てた。

「逃がさないんだから!!」

 尚も声を張り上げる操縦士――生田絵梨花。

「これでも喰らえっ!!」

 ――ボシュンッ、と何かが放たれた。
 直後、聞こえてくる爆発音。絵梨花が撃ち込んだミサイルの音だ。

「あっ!! ごめん!! ちょっと揺れる――ッ」

 彼女の叫びと同時、機体が大きく傾く。前のめりに崩れかけた体を足を伸ばして耐え凌ぐ。

「ッッ」

 咄嗟とっさに手すりを掴んだ――振り落とされないようにしがみつく勢いで――
 その眼前を何かが通り抜けた。敵が反撃で撃ってきたバズーカ砲だ。
 それを回避するために斜めに傾いていた機体は、その体勢を維持したまま低く滑空する。
 校庭の砂が風にあおられ飛鳥の眼前まで舞い上がってきた。

(邪魔っ)

 と心の中で文句を言いながら、逃げ行く標的たちに標準を合わせる。

 「六」

 飛鳥の宣言と共に一人が地面に倒れた。後続がそれを担ぎながら寄ってきた車へと乗り込んでいく。

「も~許さないんだから!! 追うよ――」

「いやいや! ダメダメ生ちゃん!」

「な、なによ!! 止めないで真夏っ」

 飛鳥の横にいたもう一人の女性――秋元真夏が絵梨花の座席を掴み、慌てたように燃料計を指差した。

「追う余裕なんて残ってないって」

「スーパー燃料君があるでしょ!!」

 『スーパー燃料君』とは、”天才発明家”生田絵梨花が開発した補給燃料の事だ。

「そんなの残ってないから!」

「え~なら燃料君EXを」

「だからそれもないってば! チャージMAX君もMAX君二号も、日本に帰ってくる時に使い切っちゃってるからね」

「な、なにを――」

 尚も抗議しようとした絵梨花の言葉を今度は飛鳥がさえぎる。

「生ちゃんがお寿司が食べたいって駄々こねるから、急いで帰ってきたんでしょ……」

 そう呆れる様に。

「ぅ、そ……そうだけどぉ……」
 

「とりあえずさ。粗方あらかた終わったみたいだし、降りようよ」

「賛成」

「……う~い」

 渋々といった感じに賛同する絵梨花。真夏の進言通り着陸姿勢に入った。
 走り去るジープを遠目に確認しながら、飛鳥は狙撃銃を下ろす。

(さて……七瀬は無事なのかな……)

 彼女に限ってやられてしまったなんてこともないだろうけど――と仲間の安否を気に掛ける飛鳥だった。
 


 高度が下がり校舎内の様子がうかがえてきた。

「これは酷いね……」

「そうだね……」

 真夏の呟きに同意の意を示す。
 視力は2.0を上回り、尚且つスコープ越しに見ていた飛鳥には既に見えていた絵だ。
 それでも……肉眼で確認したそれはまた違ったものであった。
 見えている一面だけでも十は超えているだろう。逃げ遅れて殺された生徒たちの数だ。

 そうして、ゆっくりと校庭へと着陸するヘリコプター。
 逃げ去った外人部隊の反対方向からはサイレンの音が近づいてきていた。


 



 

 七瀬たちが校舎の外に出た時には、既に数台の救急車が到着しており、そこかしこに負傷した生徒たちが担架の上で寝かされていた。
 きょろきょろと辺りを見回しながらその集団へと歩みを進めた。

「なぁちゃん!!」

 と、名前を呼ばれて声のする方へと顔を向ける。
 ほとんど抱き着くような勢いで走り寄ってきた絵梨花だったが、七瀬が肩を貸していた美波の姿を確認してか急ブレーキ――できずに前につんのめった。

「おっとっと――。ふぅ……危ない危ない」

 腕を大きく回し、なんとかバランスを取って体勢を立て直す絵梨花。

「おかえり、生ちゃん。帰っとったんやね」

「うん!! ただいま!! それで、大丈夫なの!?」

 体を大きく動かして七瀬らの全身を舐めまわすように見る絵梨花。
 まるで子供みたいだ。年相応の落ち着きをそろそろ持ってほしい。

「ナナはなんともないんやけど、この子――」

 そう言って美波を担架へと寝かせた。
 絵梨花の後ろから現れた女性がしゃがみ込むように美波を見やる。

「どれどれ……あー、うん。出血も止まってるし、弾も綺麗に貫通してるみたい」

 医療担当の真夏の診断だ。間違いないだろう。

「念のため病院には連れて行った方がいいね」

 真夏は立ち上がると「すいませーんっ! こっちもお願いします!!」と、救急隊員へと呼び掛けた。
 
「梅ちゃん、痛くない? 大丈夫?」

 半泣きの祐希が心配そうに寄り添う。

「こんなん何ともねぇ。いちいち泣いてんじゃねぇよ馬鹿」

「だ、だって! 梅ちゃんが死んじゃうかもって……」

 溢れ出す大粒の涙。決壊した涙腺るいせん
 感情のままに、祐希は小さい体で力いっぱい抱き着いた。

「いや、おまっ!? ぐッ――」

「ちょっと与田! さすがにそれは!!」

 慌てて止めに入る美月。
 抱き着かれもがき苦しむ美波。今ので傷口が開いてしまったようだ。
 「ぜぇ――ぜぇ――」と肩で息をしている。額には脂汗あぶらあせにじませていた。
 

 そんな美波であったが、一人うつむいていた史緒里に気付くと、目線だけ向けて話しかけた。

「久保……」

「ぇ、な、なに?」

「気にすんなよ」

「えっ……」

「狙われてたのがお前であったとしても、この学校には狙われるような理由を持った奴らばっかりだ。今回は偶々たまたまお前だっただけにすぎねぇ……」

「……」

「だから……あー、なんだ……つまり、あたしが言いたいのはだな」

 鼻っ柱を掻きながら少し照れたような美波。

「……久保が……あたしの友達ダチが無事でよかった。……そう思ってる」

「……っ」

 「それだけ」と言い残して目をつぶった。

 その言葉で溜まっていた感情が溢れ出したのか、嗚咽おえつを我慢するかのように口元を抑える史緒里。そんな史緒里を支える様に美月はその肩を抱きしめた。
 さらに、その背中に飛び乗るように抱き着く小動物ゆうき

「うんうんっ。よかったっちゃ~。なんにせよ、史緒里の無事が一番だっちゃ」

 と、顔中が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている祐希。そのまま美月の背中で『ち~ん』と鼻をかみ、涙をごしごしと拭う。


 そんなやり取りの中、微かに美波から寝息が聞こえてきた。
 やはり無理をしていたらしい。戦い慣れしているといえど、命のやり取りに、決して浅くない傷を負ったのだ。彼女なりの責任感が意識を保たせていたのだろう。

「お疲れさん」

 七瀬は労うように美波の頭を撫でた。

 そこに、一人遅れて歩いてきた飛鳥が七瀬を揶揄からかうように言った。

「おやおや、七瀬にしては珍しいね。だいぶ先生らしくなったんじゃないの?」

「ん~……そうかもしれないなぁ」

 とボケる様に返す七瀬。

 そうして史緒里の方へ体を向ける。
 未だ泣き止まずにいた彼女には悪いが時間もあまりないので要件だけは告げとかないといけない。

「あ~、第十一王女様。……いや久保。アンタの監視、護衛がナナの任務やったんやけど」

「はい……」

「今回の件で、久保は国の管理下に置かれることになる。しばらくは外にも出られないやろうな。それで、T国のことやけど……現状がどうなっとるかナナにもよう分かっとらんから――」

 そこまで言って飛鳥へと視線を送った。

「ん? あー」

 七瀬からのパスを受けて飛鳥が詳細を語る。
 T国の第五皇子の暗殺以降の事だ。
 ここからは七瀬もまだ聞いていなかった頓末である。

 
 第五王子らと同じように第一王子派にも暗殺の手が伸びた。
 しかし、現場にいた部隊――主にヨンロクのメンバー――に阻まれて暗殺は失敗に終わった。
 囚われた実行犯だったがその口は固く、しばらく情報を引き出せずにいたのだが……。
 ここで、『天才 生田絵梨花』の出番となる。
 彼女の発明した『絶対吐かせーる君』がその効力を大いに発揮したのだ。

 『絶対吐かせーる君』
 その名前を聞いて、七瀬は苦虫を噛み潰したような顔をする。
 彼女のトラウマである。間違って飲み込んでしまったその錠剤のせいで、仲間内に自らの恥ずかしい秘密をベラベラと話してしまったという苦い体験談だ。だから、その効力は七瀬お墨付きであった。

 話が逸れたが、つまりその自白剤により、主犯格があぶり出されたのであった。
 黒幕はT国の軍事長官とその派閥組織。史緒里を連れ戻し、国王として祭り上げて裏で支配しようとしていたらしい。つまりは軍の実権だけに留まらず、政権までも握ろう画策していたのだ。

 そんな彼らだったが、第一王子派からの攻撃を受け、抵抗空しく発覚から僅か数時間で身柄を拘束される事となった。

 こうして、T国内戦は事実上の終結を迎えたのである。

「T国の今後は私たちの知る所ではないけど、第一王子が国王の座に就くのは間違いないでしょうね。だから……久保史緒里、山下美月、あんたたちがこれからどうするかはあんたたち自身で決めることになると思う。国に戻るも良し、このまま日本にいるも良し。それは日本の政府とおたくの国とで話し合ってちょうだい」

 『私たちが関与するのはここまで』と話して飛鳥は踵を返す。

「じゃ、寿司食べに行こうか。生ちゃん」

「お!! 待ってました~」

「え? ちょっと待って私は!?」

 救護活動を手伝っていた真夏が抗議の声を上げる。

「何食べようかな~。マグロ? 中トロ? イカ?」

「……全部食べればいいじゃん」

「飛鳥天才!!」

「ねえ!! ちょっと無視しないでよっ」

 慌ただしく去っていく飛鳥と絵梨花。
 途中まで追っかけていた真夏だったが、まだ残る負傷者の姿を確認しては諦めたように肩を落とした。

「もう、信じらんない」

 ブツブツ文句を言いながらも負傷者の手当てを再開する真夏。その姿があまりにも可哀想だったから、

「んじゃ、全てが終わったらナナといこか」

「なぁちゃん……ありがとっ」

「七瀬さん!!」

「ん?」

「祐希も行きたい!!」

 先ほどまで泣いていたとは思えないほど目をキラキラさせている祐希。『はいはい!!』と五月蠅く手を挙げている。

「え~なら私も行きたいです」

「わ、私も……」

 同じように手を挙げる美月と、遠慮がちな史緒里。

「しゃーないな~。ほんなら……今日はナナが奢ったる」

 飛鳥が言うように少しは教師らしくなってきた七瀬。史緒里と美月のお別れ会ならぬ食事会でも開いてあげようと考えたのだ。
 そうして、

「お寿司~お寿司~」

 と喜ぶ生徒らを尻目に、

「お金足りるかなぁ」

 と財布の中身を確認するのであった。

 余談だが、寝言で『さーもん』と美波が呟いたのはここだけの話である。


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