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乃木編 5話

 乃木坂警察署。
 朝早くから呼び出され、今し方まで七瀬がいた場所である。

(こんなときに、今更この間の件で呼び出されるなんて思うてへんかったわ……)

「忙しいのにまったく」とブツブツと呟く七瀬。

 数日前に捕まった乃木坂高校の生徒の一人。
 山本洋介。彼は半年前から乃木坂市を脅かしていた通り魔だった。
 話によると、彼の自宅には被害者のものと思われる頭部が瓶詰めにされて飾られていたそうだ。

(そんなサイコ野郎の話なんてどうでもええねん)

 心の中で悪態あくたいきながら、ドイヤサーン号――七瀬が名付けたバイク――へとまたがった。

 動きやすいように履きつぶしたブーツと、お気に入りの黒の革ジャンを身に纏い、右手の指だけくり貫いた、これもまた黒の手袋を器用に噛んで付け、胸ポケットからサングラスを取り出した。
 ヘルメットは好きではない。近くにある警察の眼なんてお構いなしだ。
 ノーヘルのままハンドルを握る七瀬。

 

 その横を一台のトラックが通り過ぎていった。     
 それも……猛スピードで――八十キロ近い速度のまま減速することなく、署入口へと突っ込んでいった。

 そうして七瀬の想像通りのことが起きる。
 
 まるで怪獣の咆哮のような大きな衝撃音が鳴り響く。半壊する車体と、倒壊する入口に、崩れ落ちる瓦礫。それらに押しつぶされる警察署員。

 周囲の人間が集まってきた。 

「だ、大丈夫ですか?」

「う……うぅ……」

「おーい! 誰かこっちにも手を貸してくれ!」

 応援を求める声だ。

「っち……ホンマにもう!」

 さすがに見て見ぬフリなど出来るわけがない。
 七瀬も救助の手伝いをしようとバイクを降りた。
 その時。

 『ッスン』と、鼻孔に僅かに香る。

「――!? これって――」

 火薬の臭い。

「あ、アカンで! はよ離れろっ!!」

 叫ぶ七瀬――されど、それが届くことはなかった。
 直後、大きな爆発が起こり、伴う爆音が周囲の音をかき消したのであった。




 乃木坂高校の駐輪場。

「クソがッ! 梅澤の野郎ッ」

 森山はまわしそうつばを吐き捨てると、駐輪場に停めてあった一台の大型二輪車を力いっぱい蹴りつけた。
 誰の単車かは知らなかったが、それが倒れる様を見てほんの少し溜飲りゅういんが下がる思いであった。

「ど、どうする? なんだかんだいって梅澤は強ぇぞ。この前なんて四高のやつら十人で囲んで返り討ちにされたらしいぜ」

「最近捕まった通り魔も、梅澤に手を出して逆にやられたんじゃないかって誰かが言ってたぜ」

(誰かって誰だよっ)

 どれもこれも噂に過ぎない。それでも梅澤美波が強いことは百も承知だ。
 入学して間もなく上級生を締め上げ番長の座についたほどである。
 森山自身、喧嘩を吹っかけて返り討ちにされた過去もあった。

 だが、それも昔の事。あれから鍛えに鍛えて、それなりの数の喧嘩をこなしてきた。
 今の森山は昔の森山よりもはるかに強い。

「タイマンなら負けねぇ」

「で、でもこないだ屋上で」

「馬鹿野郎ッ! あんときは西野がいただろう? 途中で止められちゃかなわねえから、あそこは引いただけだよ」

 そう。そうだ。決してあの女の気迫きはく気落けおとされた訳ではない。
 そう己に言い聞かせる。

(……っち、クソ)

 それでも、どうしてだかイライラが収まらない。
 認めたくない感情が彼の心にくすぶっていた。

「……なんだ?」

「あ? どうした?」

 仲間の一人が立ち上がる。
 不思議に思い同様に立ち上がる森山。その視線の先へと目を細めた。

「なんだぁ?」

 彼らの見据みすえる先。校門付近に数台の車が現れた。

「お、おい。あれって」

「……軍用だな」

 戦争期間に幾度いくどとなく目にした車だった。その軍用ジープから一人の男が飛び降りた。

(日本人じゃねえな、……白人か?)

 白い肌に黄金の髪色をし、体格からなにから日本人とはかけ離れている。
 軍人、いやむしろ傭兵ようへいの方が近いか。東北戦争以後の日本にはそういった輩が跋扈ばっこしていた。だから別段珍しくはないのだが。

「な、何しに来たんだ?」

 友人が疑問に思った通り。そんな奴らがこの学校に何の用があるのだろうか。

 そうして、その白人の男は近づいてきた事務員と何やら話をし始めた。
 その直後。

 またたきもせぬ間に事務員の頭が吹き飛んだのだ。

「な!?」

「え? おい、こっちに来るぞッ」

「ま、まずいんじゃね? 逃げ――」

 慌てて背を向け走り出した友人。
 刹那、その背中に風穴が空いた。同時に聞こえてきたのは銃声だったのだろうか。
 続けて再び鳴り響く、パァンという甲高い音と共にもう一人の友人が斃れた。

「――は?」

 突然の凶行に理解が追い付かない。夢か幻か。一体なにが起きているのだろうか。
 股間から何か暖かいのが流れている。そこでようやく自分がその場にへたり込んでいることに気付いた。
 森山は腰を抜かし、失禁しっきんしていたのだ。
 

「ンンン~~、ン~ンン~ン~、ンン~ン~~、ン~ン~~」

 鼻歌を口ずさみながら近づいてくる白人の男。

(ああ……やっぱりそうだ。これは夢だ……早く起きねぇと……)

 いきなり友人が殺されたのだ。現実逃避してもおかしくはない。
 そうして、

(なんだっけ、この歌……)

 などと、どうでもいいような事を考えていた。
 森山も聞いたことがある。有名な曲だ。

「……確か――ッァガ!?」

 そんな風にほうけていた森山の口に銃身が突っ込まれた。

「Hey boy」

 男は引き金に指を掛け、森山の目を覗き込む。

「……お前は神を信じるか?」

(……か、神?)

 訳が分からなかった森山だったが、肯定しなければ殺されるという強い思いに駆られ、壊れた猿の玩具おもちゃのようにコクコクと頷いた。

「Oh」

 嬉しそうに笑う男。
 正解を引き当てたと安緒あんちょした。そう安心したのも束の間、男の表情が見る見るうちに急変していく。

「……残念だ。少年、――神などいない」
 

(な、なんだそりゃ……)

 イカレている。そして自分はこのイカレた野郎に殺される。
 そこまで考えて、ふと思い出した。

(ああ……そうだ。さっきの歌……ありゃぁ確か、アメイジング・グ――)

 




「はぁ……まったく……」

 校舎の真下、聞こえてきた発砲音に副官の男――ジョーンは頭を掻いた。

『あー……俺だ。お前たちも聞こえたよな? 大佐が先におっぱじめやがった。抵抗するなら殺して構わん。ただし、目標は殺すなよ。いいな? 傷一つ付けるな』

 と通信機で部下に指示を出していた時。
 遠く、街の方から爆発音が聞こえてきた。

(……囮の方も動いたか)

 何事かと校舎の窓から姿を見せる生徒たち。
 騒ぎを聞きつけたのか警備員が出てきた。
 こちらに向かって走り寄ってきたそれを横目に、ジョーンは告げる。

『時間はあまりない。野郎共、迅速に行動せよ!』

『Yes sir』

 作戦開始の宣言と共に、拳銃を真横へと向けるジョーン。ノールックで放たれた凶弾に倒れ伏す警備員。
 それを皮切りに校舎へと侵入する傭兵たち。
 そうして殺戮の幕が上がる。

 彼らの目標。それは――T国第十一王女の身柄の確保であった。



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