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櫻編 12話

日は落ちかけ夕闇が広がり出す古びた公園。

春樹たち四人を待ち受けていた黒ずくめの男。
その周囲に広がるように集う動物の群れ。
 
謎の状況に追い込まれた春樹は、夏鈴たちを庇うように一歩前に出た。
 
先に言葉は発したのは男の方だ。

「お見事でした。……えぇ、実に」

「……何のことだ?」

初対面の人間に賞賛を受ける理由が思い浮かばない。
それでなくてもこんな場面で聞きたい言葉ではなかった。 

「んふふ。――ドローン、どなたの力ですか?」

『ドローン』『力』聞き間違いでない。
背後で保乃の息を飲む音が聞こえた。
 
「てめぇ……、ナニモンだ?」
 
完全に敵意をむき出しにする春樹に――グルルルッ、と犬たちが反応を示す。
いつ襲い掛かかられてもおかしくない状況である。

「何者……ですか。……いいでしょう、教えて差し上げます。私たちは 『イルミナティ』 神に選ばれし能力者の集いです」

(……イルミナティだ? 秘密結社ってか? ……おいおい、こいつ正気か?)

「あなたたちのような力に目覚めた者たちへ救いの手を差し伸べ、導くのが私の役目です」
 
冷笑を浮かべ、男は満足そうにそう答えた。

「救い……だと?」

「えぇ、救いです。試練と言い換えてもいいでしょう」

「あ? 試練だ? ――てめぇ、まさか!?」

ギリリッと拳を握りしめる春樹。守るべき者がいなかったら殴りかかっていたであろう。

「んふふ、気に入っていただけたようですね。私からのプレゼントです。……そう、爆弾という名の贈り物です」

「「……へ?」」

事務所に仕掛けられていた爆弾、その犯人が自白しに現れた。
それだけではないのだろう。
緊迫した状況に空気が張り詰める。

ぎゅっと夏鈴が手を握ってきた。

「春樹……」

小声で名前を呼ぶ、力を使おうとしたのだ。

(ダメだ。よせ)

小さく頭を振ってそれを制止する春樹。
能力者について詳しそうなこの男。
なにがあるか分からない。
男の前で力を使うのをよしとしなかった。

「……俺が合図したら、来た道に全力で走れ」

「ぇ!?」

「……春樹はどうするの?」

「俺ならなんとでもなるから、……気にするな。振り返らず逃げろ」

「だ、だめだよそんなの」

「――ああ、その考えは得策ではないな」

心配する彼女たちの声に野太い声が混ざった。
思わず振り返る春樹。

(いつのまに!?)

春樹の後ろには夏鈴と麗奈と保乃の三人がいた。

そのさらに数メートル後ろに知らない男が立っていたのだ。

(嘘だろ? 俺が気配に気づけなかった!? こいつ、強ぇえ――)

一八〇近い春樹を以てしても見上げるほどの大柄な男。
その佇まいには隙がない。
後ろの囲いが薄いと考えていた春樹だったが、その作戦は不発に終わる。

(……なら、こっちか?)

正面に向き直る。
この細身の男なら、一撃で昏倒させる自信が春樹にはあった。

行動を起こそうかと考えたと同時、帽子の男が語り出した。

「……我々の研究では、危機的状況こそ能力の覚醒、そして進化が起こると考えられております」

「……あ? 何が言いてぇんだ?」

「んふふ。――つまり、多少強引にでもそのような状況を作り出せばいいということです。その為にあなた達に試練を与えのです。……そして、無事にそれを乗り越えた。えぇ、とても素晴らしい事です」

「……ッ」

まるでそれが良かれと思って行ったかのような口ぶりに、春樹は言葉を失う。

「さて、……どうしますか? この場を、どう切り抜けますか? さぁ見せて下さい! あなたたちの力を! さぁ!!」

ショーの始まりかのように手を広げる男。
反応するようにじりじり、と距離を詰める野犬。その目は血走りダラダラ、と涎をたらし出す。

謎の男たちに挟まれ、さらに周囲には野犬らの群れ。傍らには守らないといけない大切な人たち。

(クソ……。どうする?俺がなんとかしねえと――)

かつてない危機に追い込まれ焦る春樹。
そんな彼の背後から思わぬ言葉が聞こえてきた。





「……ふざけないで」

思わず声に出ていた。
驚いたような表情で春樹が振り返る。

「ほぅ……?」

黒ずくめの男が顔を上げた。
隠れていた表情がわずかに見え、切れ長の目が興味深そうに声の主、夏鈴を見据える。

「さっきから聞いてれば、救い? 試練? なにそれ……」

一歩踏み出し、春樹の横に並ぶ。

「勝手に私たちを巻き込んで、追いつめて、それが救いの手? 何様のつもりなの? 馬鹿にしないで……」

夏鈴の声はかすかに震えていた。

「私は……」

それでも、

「私たちは!!」

恐怖を飲み込むほどに彼女は怒っていた。

「あなたたちなんかにどうにかされなきゃいけないほど、弱くなんてない! 余計な事、――しないでッ!!」

言い終え肩で息をする。
尚も帽子の男を睨みつける。
 
命の危険に晒され、あたかもそれが試練だという。
しかも、そこには悪意すらなく、ただの善意だとのたまうのだ。
そんなものに平穏を、日常を脅かされたことがどうしても許せなかったのだ。

――フゥ――フゥ、とまだ荒い息をしている。
恐怖と怒りでごちゃ混ぜになった感情を握りつぶすかのように、ぎゅっと拳を握った。










対面の女性、藤吉夏鈴が感情を吐きつくしたかのように息を荒げている。

そんな彼女の手を包み込むように田村保乃も前へと並び立つ。

「よくいったで夏鈴。むちゃくちゃカッコぇぇで」

それに続くようにもう一人。

「……ぅん。そうだよね、夏鈴ちゃん。わたしだって負けないから……」

と少しだけ震えながらも藤崎春樹の裾をつかむ守屋麗奈。
彼女もまた一歩前に出る。

横一列に四人が並んだ。
 
黒ずくめの男はわずかに瞠目し、彼女たちの顔を見やり――ほぉ、と感嘆の息を漏らした。

(この私が見誤るとは……。手を差し伸べなければいけない子羊だと決めつけていた訳ですね。私としたことが……なんと、まぁ――)

帽子を深く被り直すと、大柄な男に声をかける。

「……引き揚げましょう。近藤さん」
「いいのか?」

近藤は意外そうに返した。

「えぇ……。どうやら、とんだお節介だったみたいです」
「……そうか」

頷くと踵を返し公園から立ち去って行く近藤。
残された彼女らは油断することなく帽子の男を見据える。

「んふふ、そう警戒しなくて大丈夫ですよ。私は嘘はいいません。あなた達に手を出すことはないでしょう」

――少なくとも、私はですがね。と付け足した。 

言葉と同時、偶然にも公園の街灯が灯りをともす。
周囲にいた動物たちがぞろぞろと公園から出ていく。

帽子の男はそれを見送ると、んふふと笑う。
 
「それでは、ごぎげんよう」

と一礼し立ち去ろうとし――ふと、何かを思い出し振り返った。 

「そうでした。あなたたちに付けていた監視ですが、近いうちに解けるかと思います」

そう言い残し公園を後にしたのであった。


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