櫻第三機甲隊 6. 捜索
櫻共和国領南東。建造物も何もない大地にて。
「……この辺りですよね? 愛季の信号が消失したのって」
と小田倉麗奈に問われて、山下瞳月は頷きながら答えた。
「うん。愛季のことやから、出来るだけ敵を引き付けようとするはずや……この辺で間違うてへんと思う」
瞳月らがいる場所は、数時間前に輸送車を護衛しながら退避したルートより若干南。
「……途中にさ、戦闘の跡があったよね。それで、ここまでは逃げてこれたけど、力尽きてやられちゃったとか」
「そんなわけないやろっ!!」
「あっ……ご、ごめん」
思わず怒鳴ってしまった。
「私からも謝ります。あんまり理子を怒らないであげて下さい。 ね? 理子。悪気があったわけじゃないのでしょ?」
分かっている。麗奈に言われるまでもない。
彼女――遠藤理子が思いついたことを口にしてしまっただけ。
理子だって愛季を心配して捜索隊に加わってくれている。
別任務でいない他の子たちだって気持ちは同じだろう。
「……ごめんね、瞳月。麗奈の言う通り。悪気があったわけじゃないの。つい弱音を吐いちゃっただけだから」
「うん……分かってる。私もごめん、怒鳴ったりして」
「ううん。……よし、まだまだ時間あるし最後まで探してみるっ」
「……そうやな」
「うんうん! そうそう! 絶対無事だよ!」
暗い空気を払拭するように優が言った。
「焼き肉食べに行くって約束したんだもん! 愛季が約束破ったことなんて、一度もないよ!」
「うん……」
底抜けに明るい優の言葉には救われることが多い。
普段は優に冷たい態度を取る瞳月だけど、どんな時でも変わらない彼女には少なからず尊敬の念を抱いていた。口にすると恥ずかしいから伝えたことはないが……
「焼肉行きたい!! りーも行きたい!!」
「お? じゃあ理子も一緒に行こうよ! あ、麗奈も行く?」
「ふふ、いいですね。賑やかで楽しそうです」
「賑やか……うんうん、そうだよね! どうせなら皆で行こっか! 愛季が戻ったらさ、帰還祝いに! これ名案だね!」
優の提案に「楽しみだなー。りーね、お肉好きなの。特にね……」と理子は嬉しそうに話し出した。
(んふ……また自分のこと『りー』って呼んでるやん)
理子は自分の事を『りー』と呼ぶ。
瞳月と一つしか歳が違わないのに(まだまだ幼いなあ)と馬鹿にするように心の中で笑った――気が緩むと自らを『しー』と呼んでしまう自分の事は棚にあげて――
瞳月は両手で頬を叩いた。
「ふう……」
(焦ったってしゃあない。愛季が簡単にやられるわけがないわ……絶対どっかに生き延びてるに決まっとる)
ネジ一本も見落とさない。そんな気持ちで必死にモニターを見つめた。
だが。
いくら捜索を続けようとも、手掛かりになりそうなものは見つからなかった。大地に残った機甲の轍も、風に掻き消されほとんど見えなくなっていた。
『――あ~、こちらゆったん! 皆聞こえる~?』
通信が飛んできた。
『ゆったん』と名乗る女性――空から捜索している中嶋優月からの通信だった。
「聞こえてんで どうしたん?」
『ちょっと、見てもらいたいものがあるんだけど。こっちに来てくれないかな?』
「分かった、すぐ行く」
『んじゃ、待ってるね~』
「――皆聞いとったやんな?」
「うん」
「行きましょう」
優月から送られてきた座標を確認し、
(なんでもええから……なんか手掛かりが欲しい)
縋るような思いで機甲を走らせた。
……
優月から連絡を受けて十分後。
瞳月たちは指定された座標へと到着した。
「お? きたきた! こっちこっち~」
収音器が上空からの声を拾う。
「おまたせ。それで……見したいものって――これのことなん?」
優月の専用機から視線を下に戻し、見せたいものと思わしき場所へと首を巡らせる。
「そうそう~。それそれ」
肯定する優月。
「森ですね……」
「そうだね、森だね」
「うん……何もなさそうだけど?」
理子の疑問の通り。
目の前にあるのはただの森だった。
決して小さくはない。首都までとはいかないが、都市と比べても遜色ないほどの広さを誇る森である。
櫻領にはこのような森林が多々存在している。特段珍しくはない。
大きく育った木々は機甲よりも高く、青々とした葉っぱが生命の力強さを象徴しているようだ。
「そう、ただの森なんだけどね。ちょっと確認してもらいたくて……ゆったんの機甲じゃ中までは入れなくてさ」
確かに……優月の機甲では森の中に入るのは厳しい。
それもそのはず。彼女の専用機は――巨大なのだから。
機甲というよりは飛行船に近い。異なるのは飛行の仕組み。
空気より軽い気体を利用して浮力を得る飛行船に対して、優月の機甲は巨大な翼によって発生する揚力で空を飛ぶ。
本来なら腕がある位置に、二等辺三角形の比翼を両サイドに取り付け、背部から脚部にかけて四基のジェットエンジンを搭載して推進力を得ている。
時速は発進から即座に80㎞を突破し、理論上は500を優に超えるだろうと言われている。ただし、構造上の理由からか中の人間が耐えることが出来ない。
中嶋優月はそれに耐えうるだけの資質を持ち、尚且つ普通の機甲の三倍近い堆積があるにもかかわらず、なんなく操ることが出来るのであった。
話は戻る。
「ちらっと上から見えたんだけどね、1kmくらいかな~。まっすぐ進んだとこに焦げたような木が見えたんだよね」
「……焦げた木」
「そうそう~。で、さすがに生身で確認するのは怖いからさ、瞳月たちを呼んだんだ~。お願いできる?」
「了解、入ってみんで」
「うん! ありがと~」
優月に頼まれ、瞳月たち地上部隊は森の中に入った。
……
「わわっ、中に入ると結構暗いね!」
「そうですね、葉が大きくて光を遮ってます。それに時間も時間ですし……急ぎましょうか」
「了解」
巨大な木の根に機甲の足を取られないよう、注意を払いながら一行は進む。
「……ねえねえ」
「うん?」
「魔獣いるかな?」
「どうやろうな」
不安げな理子に曖昧な返事をした。
『どうだろう』とは言ったが、いないはずがない。
夜になれば間違いなく出てくるだろう。
魔獣――この大陸に生息するある一定の基準を満たした生物の総称。
人間よりも遥かに大きく、獰猛で、非常に交戦的。雑食でよく家畜が襲われたと話を聞く。中には人間を主食とする種もいる。
主な活動時間が夜間であることから、櫻共和国では夜間外出禁止令を出すほど魔獣のことを危険視していた。
生息区域も疎らで、森や山、海辺などが主な区域となる。分類上はやはり生物であり、生きるために水・食料が多い場所を好む。
それが魔獣である――
「魔獣に出会う前に、優月の言ってたの見つけたいね!」
「うん、――ん? あ、あった……あっち」
理子が見つけたようだ。
「ふふ、流石です。やっぱり理子は大変素晴らしい目をお持ちですね」
理子は狙撃手を務めるだけあって視力がかなり良い。3.0だとかなんとか。
「そんなあるわけないやろ」と信じていなかったが、考えを改めてもいいかもしれない……と瞳月は思った。
「お? 本当だ!」
優にも確認できたようだ。
生憎、瞳月の視力はそこまで良くない。彼女らにやや遅れる形でそれを目視できる距離にまで近づいた――
「――これって銃痕やんな?」
「……うん、銃痕だと思う」
”焦げたような木”というのは、所々焼け焦げた穴が開いた木のことだった。
察するに銃痕で間違いないだろう。
一本だけではない、奥の方へといくつか同様の痕が窺える。
「90mm弾ですね。機甲用とみて間違いないでしょう」
「私もそう思う!」
麗奈に優が同意する。
「銃撃戦があったみたいだね!」
「……銃撃戦というよりは片方が一方的に撃っていたと思われます」
周囲を探りながら麗奈が考察を続ける。
「おそらく逃げる機甲を別の機甲が追いながら発砲をした――といったところでしょうか」
「なるほど」
「ってことは愛季かな〜?」
上空を旋回する優月機からだ。
「可能性は高そうやな。優月、悪いんやけど――」
「見たよ~この森だよね? 見た見た! だいぶ広かったけど、もしかしたらと思って」
「てことは、いーひんかった?」
「うん、残念ながら。それっぽいのも見当たらなかったね~」
「……でも見つからないってことは、この森を無事に抜けたってことになります」
「確かに!」
「うん」
「……」
バサッと鳥が羽ばたいた。
その音に上空を見上げ、ちょうど陽が落ちかけていることに気が付いた。
(そろそろ時間か……)
無理をしてでも捜索は続けたいところだが……
夜になれば魔獣と遭遇する可能性が高まる。
法と危険を冒してまで皆を巻き込むわけにはいくまい。
「残念やけど、今日は撤退しよか」
「そうだね……」
「そ、それでさ。明日も探そうと思うんやけど、……皆もまた協力してくれへんかな?」
「何言ってるの! 探すよ! 決まってるじゃん!」
「ふふ、もちろんですわ」
「うん、りーも」
「ゆったんも~」
間髪入れずに参加の意を示してくれた仲間たちに、胸がじ〜んと暖かくなった。
「……ありがとう」
「あ~~! 瞳月! 泣いてるの!?」
「な、泣いてへんわ! アホ!」
「え~!? 嘘だぁ、鼻すすったもん!」
「やかましいな! 泣いてへんって言うてるやないか!」
「え~?」
「ふふ、仲が宜しいことで」
「優なんか嫌いや……ここに置いて行ったる」
「ええ~!? じょ、冗談だよね?」
「知らん」
「私反省してる! 本当にごめん!」
「……なら、黙っとって」
「あい! あ、黙るんだった……」
「さてさて、では帰りましょうか」
「了解」
「了解や」
「……」
「……はぁ、優――返事くらいはしてええから」
「ぁぃ!」
「……ったく、この子は」
こうして捜索一日目はほとんど収穫がないまま終わることとなった。
(愛季……死んどったら許せへんからな――)
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