秋の空は七度半変わる
「なあなあ、早よ乗らんと置いてかれるで」
「ん? ああ、小坂か」
「小坂か……ちゃうわ、あんた待ちやって!」
「げ!? マジ?」
俺は慌ててバスへと乗り込んだ。
「遅いぞ、○○」
「すんませんっ」
担任に軽く頭を下げて座席へと向かう。
「あれ……俺の席……」
座わる予定だった席はトランプで遊ぶクラスメイトに占領されていた。
ったく……どうすっかな……。
当てもなく視線をさ迷わせていたら、俺へと向けて手招きする小坂が見えた。
「空いてんで――」
と自分の隣を指差した。
「悪いな、サンキュー」
「ん~ん」
「それにしても、アイツらはしゃぎ過ぎだろ……」
盛り上がる学友たちへと悪態を吐く俺に、
「ふふ、そやな」
と小坂は口元に手を当てて小さく笑った。
「……なあなあ」
毎度同じ呼びかけに顔を向ければ、窓の外を見ている小坂。
「見てみぃ、もう秋やで……空が澄んどる」
「ん――」
身を寄せて窓越しに見上げてみる。
視界の先には空高く広がる秋の雲が見えた。
「なあなあ」
と振り返る小坂。
「どした?」と続く言葉を待っていたが、彼女がそれ以上口を開くことはなかった。
身を寄せていたから至近距離で見つめ合う。
小坂から漏れる吐息がどこかこそばゆくて、ふいっと俺は顔を背けた。
「なあなあ……」
「おん?」
「なあなあ」
「だから何だよって」
そう言って俺は――
目を覚ました。
「――あ、れ?」
「やっと起きたん?」
ぼやけた視界が徐々に開けて――
「ふふ、おはよっ」
と笑いかける菜緒が横にいた。
「……ああ、おはよう」
なんだ……夢か……。
懐かしい――と何故かそう思った。
「せっかく来たんやし、早めに行かへん?」
「だな、ちょい顔洗ってくるわ」
「ん、菜緒も行く!」
二人して並んで歯を磨く。「こんなんもあるんやな」とアメニティセットを漁る菜緒。
「ガラガラ~――ッペ――、……いくつか持って帰るか」
「言うと思ったわ」
「だってよぉ、家にあるやつより物がいいぜ」
「ふふ、そんなことないやろ――ってほんまや!」
口を開けて笑う菜緒につられて俺も微笑んだ。
「流石だな、一流の旅館はやっぱり違う」
「それ昨日も言うとったで」
またもくすくすと笑う菜緒を見て、
良かった……誕生日、奮発して正解だったな。
と心の中でガッツポーズしたのだった。
……
「早よ早よ!」
はしゃぐ彼女に手を引かれて温泉街を練り歩く。
「可愛いやんこれっ」
と菜緒は小さなだんごを手に取った。
「買ってこうな」
「いいけど今アイス食ったばっかじゃん」
柑橘系の香りがまだ鼻孔に残っている。
「ええねん! 甘いものは何個あってもええんよ」
「太るぞ」
「……太ったら、菜緒のこと嫌いになるん?」
「……そんなんで嫌いになる訳ないだろ」
「ふふ、なら良かった」
少し外れた道に差し掛かると、先ほどまでの喧噪が嘘のように静まり返っていた。
空は夕焼け色に染まり、イルミネーションが街を飾り始める。
ふと、菜緒が立ち止まった。
「見てみぃ、いわし雲がひつじ雲に変わっとるで。秋の空は七度半変わるってやつやんな」
「あー、確かに。もう秋だなって実感するよな……」
俺の返しに満足したのか「うんうん」と頷きながら、
「なあなあ……○○」
と今度は俺を見上げてきた。
「ん? どうした腹減ったか?」
「あほ! そんなに食いしん坊キャラじゃないわっ」
「もう!」と頬を膨らませて怒る姿に思ずニヤけた。
「……菜緒たちさ、今日で五年目やん。覚えとる?」
「ああ、覚えてる。もうそんなに経つんだな……」
「五年経ってもやっぱり変わらんもんやな~」
「何の話?」
「――好きってこと」
と菜緒は恥ずかしそうに口元を抑えて、
「○○のこと、何年経っても変らず好きのままなんよ」
はにかみながら言った。
「――ほんまやで」
その言葉に、俺はポケットの中の小さな箱を――ぎゅっ、と握り絞めていた。
「なあなあ」
授業中、隣の席の小坂に話しかけらた。
「……何だよ、起こさないでくれって。俺、昨日寝てないんだから」
「なんやそれ、自分が悪いんやん」
「……誰のせいだと――」
「ん”ん”ッ」と教卓から俺を睨む何某。
その視線から逃れようと、慌てて教科書を立てた。
「……ったく」
舌打ち混じりに呟いて、未だ感じる視線に顔を向ける。
「何だよ、まだ用――」
そこまで言いかけて、俺を見つめる真剣な眼差しに続く言葉を失う。
「……返事、いつでもええから」
「――ッ」
「……待っとるから」
「あ、ああ……」
と俺は素っ気なく返すのがやっとだった。
「……空見てみぃ。さっきまで晴れとったのにもう崩れて来とる」
「…………だな」
「秋の空は七度半変わるって言うやんな」
覗き込まれて目が合うと――にやり、と笑う小坂がいた。
「でもな、菜緒の気持ちは変わらんよ……何年経ってもな」
「――ほんまやで」
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