櫻編 13話
公園での出来事から数日後。
藤崎春樹たち四人はとある合宿所を訪れていた。
「わぁー!? 先輩たちだー!!」
「わざわざいらして下さって、しかも差し入れまで! ありがとうございますっ」
「ありがとうございますっ!!」
近日開催予定の三期生だけのライブがあり、そのための合宿が行われていた。
今回はその様子を見に来たのだ――というのは建前であり、謎の組織『イルミナティ』による監視――メンバーが感じていたストーカー――が本当に無くなったのかを確かめに来ていた。
「田村さん、藤吉さんと守屋さんも! ありがとうございます」
「保乃さん今日も可愛いですー」
「きゃー麗奈さーん」
「夏鈴さん聞いてくださいよー。りこったら――」
先輩メンバーの来訪にきゃっきゃ、と嬉しがる後輩。
保乃らもうんうん、とまんざらでもないようだ。
(どうやらストーカー被害もなくなったみたいだな)
備え付けのベンチに座り彼女らのやりとりをに見ている春樹。
夏鈴たちが後輩の相手をしている間、さっそくスタッフに確認をしていた。
話を聞く限り、他の期のメンバーもここ数日は被害がなくなったと話していたらしい。
(あの帽子の男……やつを信用したわけじゃないが、騙して油断させようとしていたって線はなさそうだな)
件の組織の実態は不透明ながら、何がなんでも春樹たちをどうにかしようというわけではないのだろう。
もしそうなら、あの日強引にでもなにかしらのアクションがあったはずだ。
完全に油断はしない……が、ずっと警戒していたらここちらの身がもたない。
とりあえずはしばらく様子を見ていこう。
そう結論付ける春樹だった。
「はーるーきーさーん! 顔が怖いですよ!」
ズシッ、と背中に伸し掛かる重み。
「いつもこんな顔だ。それにな、愛季。背中にひっつくなといっただろう」
「いやいや、見てくださいよ。こーんな怖い顔してますよー」
そう言い手鏡を顔の前に掲げてきたのは三期生の谷口愛季だ。
彼女のお気に入りの行動なのだろう。背中のくだりはスルーである。
「……む、たしかに……」
「でしょ?」
愛季の言うとおりだ。眉間にしわを寄せ、厳つい顔をしていた。
小さい子供が見たら泣き出しそうなほどに。
「なにかあったんですか? なんなら愛季が話を聞いてあげますよー」
「いや……別に、なんでもない。俺の事なんかいいからライブのことだけ考えてろ」
「ぇー! 嘘です!」
「嘘じゃない」
「ぶぅー……まぁいいですけどね!」
口を尖らせ不満げな愛季だったが、首元に抱き着いていた腕をほどくと、
「ライブ!! 春樹さんも見に来てくださいね。約束ですよー」
スキップしながら皆の輪の中に戻っていった。
(意外と鋭いな……)
人の表情を良く見ているのだろう。
些細な感情の変化を読み取るのが上手なようだ。
(年下に心配されるようじゃ、俺もまだまだだな)
自重気味に笑い、気を引き締める春樹であった。
とある山中。
森の中にポツン、と佇む白い洋館がある。
巨大な木々が太陽の光を遮り、わずかに木漏れ日が差しかかる長い廊下に男が一人。
黒い帽子に黒いコートの全身黒ずくめの男である。
「――よぉ」
不意に呼び止められ目線だけ声の主に向ける。
常日頃、薄笑を絶やさない帽子の男。
彼にしてはめずらしくトーンの低い声で尋ねた。
「……九条さんですか、何かご用でも?」
九条と呼ばれた男。
薄暗い廊下の壁によりかかり、獰猛な笑みを浮かべていた。
金色に染め逆立てた短髪、耳にはいくつもピアスが見え、所々破れかけた服装がいかにもその辺にいる不良を連想させる。
「くくっ、そ~あからさまに嫌がんなよ。報告書ぉ~、見たぜぇ?」
「……それが何か?」
「何かだぁ? くくっ、まぁいいや。煽り屋ぁ~お前さ? ずいぶんと、――甘ぇんじゃねぇの?」
「……ほぉ?私のやり方にケチをつけると?」
煽り屋と呼ばれた帽子の男。
もはや不機嫌さを隠しもせず、九条を睨みつける。
「ケチだぁ? っは、笑えるな。こいつらよぉ、珍しくて強大な力の可能性があるんだってぇ? それを? わざわざ? 見過ごすかぁ? 普通よぉ」
数枚の紙切れをひらひらと振り、挑発するように続ける。
「お前ができないなら、俺がやってやろうか?」
「……しばらくは静観するということで最澄様から了承は得ております。まさか、異を唱えるとでも?」
「おいおい脅してんのかぁ? 俺たちは基本的に自由だろ? ……最澄だなんだ関係ねぇんだよ。それぞれがそれぞれのやり方で組織の為に動く。……そ~だろぉ?――まぁ、俺には組織なんてどうだっていんだけどよぉ、くくっ」
「……」
「ダンマリかぁ? まぁ、いい。引き留めて悪かったなぁ」
そう言うと歩き出す九条。
すれ違い様――ポンッと帽子の男の肩に手を置き、
「おめぇは指くわえてみてろや。俺が見定めてやるよ。こいつらが、使い物になんのかなんねぇのかをよぉ――」
覗き込むように言い捨てると、――っくっく、と笑いながら去っていった。
(……下種が。品性の欠片もない)
まるで汚物でも見るような冷めた目で、男の消えた先を見つめる。
そして、肩についた汚れを落とすかのように払った。
(しかし……。どうしようもないほど下劣な男ですが、……その能力だけは一級品です。はたして、彼女らに抗えるのか……)
数秒ほど立ち止まっていた帽子の男だったが、深く帽子をかぶり直すと再び歩き出した。
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