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櫻第三機甲隊 9. 黒き森

「よし! 出来た。ふふ、我ながらいい出来なんじゃないかな~。ねね? どう思う?」

 友人みたいな問いかけをする愛季。――くるり、と彼女が身を翻せば、上着だった緑色が風にはためいた。そこから覗く白い素肌が、焚火に照らされて赤く色づいている。
 健康的な脚だな――なんて考えながら、シオンは返答をした。

「いいんじゃないか。小さいあ――愛季なら事足りるかと思ってたが……ホーレイの葉で補強するのは悪くない案だな」

「ホーレイの葉って? これのことかな?」

 愛季は不思議そうに、上着に医療用の針と糸で縫い付けられていた赤ん坊ほどの大きさの葉っぱを一枚指差した。

「知らないか……。ホーレイはこの森に生えている木だ」

 とシオンは一際大きな巨木へと視線を送る。

「別の名を『魔獣除け』。葉っぱや幹を燃やすことによって生じる臭いを奴らは嫌う。……俺が今、こうして燃やしているのがそういう理由だ」

「知らなかった。そんな木があったなんて……。もっと普及すればいいのに」

「そりゃ無理だな」

 シオンは無表情に言い捨てると、ホーレイの枝を一本拾い愛季へと放った。

「見てみろ。その枝、何色に見える?」

「えっと~、あ! 黒だ、く――ろ? え、なにこれ黒い、木?」

 愛季は驚いたように目をぱちくりとさせていた。

「正解だ。ホーレイの木は黒い……それが何を意味するかは、――言わなくても分かるな」

「え、嘘……。黒い木なんてそれ以外聞いたことがない。じゃ、じゃあここって――」

「『黒き森』ほんの入り口だがな」

 シオンの言葉と同時、飛び跳ねたように立ち上がった愛季。何かに怯えながらシオンの横へと駆け寄ると、落ち着かない様子で隣に腰を下ろした。

 『黒き森』とは櫻共和国と帝国の遥か南に存在する広大な森のことだ。
 その広さはどの大国よりも大きく、大陸の二割ほどを占めている。
 他では見ることのない黒い木々が生い茂っており、そこから黒い森、ないし黒き森と呼ばれているのだった。

「シ、シオン。あなた……よく、落ち着いていられるね……。はは、愛季初めて来たよ。……ううん、愛季だけじゃない。櫻の人間で黒き森に入るなんて聞いたことがないから。帝国の人達って命知らずなんだね」

「帝国の人間でもそうはいないだろうな。……そもそも俺は帝国の生まれじゃない。ナキアミの出だ」

「ナキアミ……十年前に滅んだ、あのナキアミ?」

「ああ――」

 帝国の南に存在していたかつての小国ナキアミ。隣国との些細ないざこざから争いが始まり、次第にその火種は国中を巻き込むまで広がった。二年間に及ぶ戦争の果て、争いに敗れ消滅した。そんな国がシオンという男の生まれ故郷である。
 そしてナキアミに勝利した隣国だったが、何を思ったのか自分よりも強大な帝国へと戦争を仕掛け、その僅か数か月後に地図上から姿を消したのであった。

「俺の住んでた地域は南の方で、この黒き森に近かった。だからそこで生きるための知恵は嫌でも身についたって訳だ」

「そうなんだね……。……私たちはさ、入ったら死ぬ森だって教えられた。魔獣の主な生息地ともね。だから近づくことさえ禁忌だった」

「間違ってない。現に俺らは見られているからな」

「――へ? え? う、嘘でしょ!?」

 愛季はきょろきょろと視線を泳がせながらシオンの腕へとしがみついた。

「堂々としてろ。あいつらは警戒心が強い。だから自分より弱い相手にしか手を出さない。それにホーレイの煙もあるしな。そうそう襲ってはこないだろう」

 そう言ってシオンは左上へと顎をしゃくる。
 示した先、30mほど離れた大木の枝に佇む怪物の姿。
 体長4mを超える猿のような魔獣――”危険度D”ランクディーエンティ。それが三匹。

「エンティ――」

「分かるのか?」

「うん、魔獣辞典に載ってるからね。実際に戦ったこともあるし」

 生身の人間であれば死をも覚悟する相手だが、機甲なら話が変わる。
 愛季の腕ならエンティなど敵ではないだろう。

「まぁ、絶対ではないからな。すぐにでも搭乗できる様には準備している。だから、あまりここから離れ――」

「……ん? シオン?」

 愛季は突然黙り込んだシオンを不思議そうに見つめた。

「ねえ、どうした――のってわわっ? ちょ!?」   

「静かにしてろ。舌を噛むぞ」

 そう忠告するシオン。すぐさま愛季を抱え立ち上がった。
 そのまま機甲から垂れさがっていたロープを掴むと、一瞬の内に上へと引っ張られてコックピットの中に。

「ねえ! 何なの?」

「……」

 愛季を抱えたまま操縦席に座る。機甲のシステムを即座に起動させ、映し出せれたモニターを凝視した。

「見ろ、真正面だ」

「ん……えっ、あれって……だ、大丈夫なの?」

 同じくモニターを覗き込んだ愛季が微かに震えているの感じながら、シオンは呟いた。

「安心しろ。ステルス機能を使っている。魔獣には見えていない」

「ステルス……そんなのまであるんだ。凄いね」

 感心するかのように頷いた愛季。モニターに映し出された新たな魔獣を指差してシオンへと顔を向けた。

「……やるの?」

 戦うのか、その問いにシオンは首を横に振った。

「クドゥフだよね」

「だな」

 愛季も知っているようだ。前方の巨大な生物のことを――

 危険度Bランクビー、クドゥフ。
 危険度。それは人にとっての魔獣の脅威度を示す値の事。
 最小でF、最大でA――さらにその上にSという魔獣の中でも特別な個体を現す位も存在する。ただし、もはや伝説・伝承の生物だとされていて実際に目にした話は聞いたことがない。

 クドゥフは危険度Bの中でも上位の存在だ。
 大きさは機甲と同等と言っていいだろう。見た目は立ち上がった熊に近い。それが大きな木の棍棒を手にこちらへと近づいてきていた。

「……やれないこともない。だがここは入口といえど曲がりなりにも黒き森だからな。極力戦闘は避けたい」

「うん。愛季もそれには賛成」

「なら、祈っていろ。見つからないようにと」

 そう言ってシオンは操縦桿を強く握りしめた。

 ……僅かな静寂の中。
 豪快に大木をなぎ倒しながら近づいてくるクドゥフ。シオン機との距離は10m。
 膝上の少女がゴクリ、と小さく唾を飲んだ。

 目と鼻の先、もはや接触は避けられない――とシオンが身構えたところでクドゥフは歩みを止めた。そのまま足元にある焚火を踏み潰すと、何事も無かったようにゆっくりと元来た道へと戻っていった。

「…………いった?」

「ああ、いったな」

「何だったんだろう。それにホーレイの木だったよね。魔獣は燃やした時の臭いが苦手だったんじゃないの?」

「だからだ。その元を断ちに来たって事さ」

 ほとんどの魔獣は近寄ろうとすらしない。
 奴らは『ホーレイの煙の臭いを苦手とする』――というよりは吸い込む事が毒となるのだ。

「あれだけの巨体だ。焚火程度の量じゃ奴にとっては不快な臭いだった。そんなところか」

「そっか。でも、もう安全だよね?」

「たぶんな。いずれにしろ今日は朝までこのままでいよう。愛季は寝てていいぞ。というか寝ろ。いちよ怪我人だ」

「……うん。じゃあそうさせてもらおうかな――ってこの格好で!?」

 愛季はシオンに抱っこされる形だ。

「贅沢をいうなよ。寝れるほどのスペースはない。俺も操縦席ここから離れるわけにはいかないからな」

「うー……分かった。変なことはしないでね」

「しねぇよっ」

「即答されたらそれはそれでムカツク!」

「うるせねぇな、いいから寝ろっ」

 まだ不満そうな顔をしつつも「おやすみなさい」と呟いて愛季は目を閉じた。


「……」

「……ねぇ」


「……何だよ」

「一つだけ教えて欲しいの。これからどうするつもりなのかを?」

「……愛季を連れて行く」

「連れて行くって……どこに?」

「共和国だ。櫻共和国、できれば首都まで」

 愛季を土産に首都まで行く。トップもしくはそれに近い上層部に会えれば尚いい。

「俺は帝国には戻れない。だから亡命をする」

「亡命……で、でも! 問答無用で殺されちゃうかも!!」

「そん時はそん時さ。諦めるだけだ」

「諦めるって、そんな簡単に!」

「……話は終わりだ。今度こそ寝ろ」

 そう言ってシオンは愛季を見下ろした。それ以上の問答を許さないと意志を込めた強い眼差しで。

 そして――

 同じようにどこか決意を持った眼差しで、シオンを見返す愛季だった。



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