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スーサイド・ツアー(第22話 失踪)

 水曜の夜11時30分。たまたま自室の北の窓から外を見ていた日々野は、1階の北口から逃げるように外へ出て行く一美を見かけた。
 彼女はバッグと懐中電灯を持っている。一美は一瞬こちらを振り向き目が合った。その眼差しは、悪魔でも見たかのような戦慄を浮かべている。
 が、すぐに目をそらすと脱兎のごとくその場から北へ向かって走り去り、その後は右に曲がって東に降りる階段を駆け降りてゆくのが見える。
 多分港に向かうのだろう。夜の散歩にしては、ただならぬ雰囲気である。
 一瞬彼女を追うのも考えたが、自分が犯人と思われても困るので、やめにした。いずれにしろ、彼女はここから出られないのだ。
 神経が落ち着いたらまた戻るだろう。そもそも一美が殺人鬼かもしれないのだ。日々野は、窓を閉めた。窓は分厚く防音仕様だ。
 遠くから聞こえてくる波の音は、これで全く聞こえなくなる。
 日々野は自室の冷蔵庫からワインを取り出すと、グラスに入れて飲みはじめた。
 この部屋にも最初から大きな冷蔵庫があり、ワインやビール、日本酒やウーロン茶やジュースなどが入っていたのだ。
 足りない時は、1階から補充した。やがて彼はベッドの中に潜りこむ。が、色々な思考が脳内をよぎり、なかなか眠れない。
 走り去った一美の行方がどうしても気になった。

 翌日の木曜日の朝10時。日々野は1階の大広間に降りた。いたのは翠だけである。
「他の人は?」
 日々野は聞いた。
「あたしが朝の9時に来た時には、井村君と妹尾君が井村君の作った朝食を食べ終えるところで、那須さんは見てない」
 日々野は、井村の作った料理を黙々と食べた。
「よく食べれるね。毒が入っているかもしれないのに」
「どのみちここへは死ぬつもりでやってきたから。美味い物食って死ねるなら、むしろ本望。しかし井村の奴、意外に料理美味いな」
「あなたの言う通りね」
「誰が犯人だと思う? 私は想像もつかないんだ。容疑者は私を除いた4人の中にいるはずなんだが。井村と那須はどう思う? あの2人は少なくとも、自殺をしに来たようには見えない」
「だとしても、犯人とは限らない」
「だったらどうして、2人は来たんだ?」
「井村君はナンパ目的じゃないかしら? 那須さんは、わかんない」
 食事を終えると、翠が再び口を開く。
「あたし、那須さんの様子が見たい。一緒に来てよ。ゆうべ1人で行ったら犯人だと間違われちゃった」
 翠は、可愛らしく頬を膨らませる。
「わかったよ。一緒に行こう」
 2人はエレベーターに乗り、一美がいるはずの部屋に向かった。
「日々野さんが、声かけて。あたしは信用されてない」
「わかったよ」
 日々野は翠の指示通り、一美の部屋をノックしたが返事がない。
「日々野ですけど。那須さん起きてる? 返事してよ」
 いらえはなかった。彼女の性格を考えると、こちらの呼びかけに答えないのは考えにくい。思いきってノブに手をかける。
 施錠されていなかった。元医師は、細めにだが扉を開く。
「那須さん、起きてる? 入るよ!」
 ドアを開けた。カーテンは閉まっている。照明のスイッチを入れたが、中には誰もいなかった。
「ここに来る時那須さんが持ってきたハンドバッグが見当たらないね」
 翠が、指摘する。何度も声をかけながら浴室やトイレにも行ってみた。どちらも施錠されておらず、中には人の姿はない。
 クローゼットも開けてみたが、人間もハンドバッグもどちらもなかった。
「夜逃げしたかな?」
 翠が、つぶやく。
「一体どこへよ? 船は月曜まで来ないのに。泳いで沖縄本島へ向かったとでも言うのかよ?」
 日々野がそう詰め寄った。
「他の2人に声をかけましょう。何か知ってるかも」
 2人はエレベーターで7階に上がった。井村の部屋だ。ドアを叩いてしばらくすると、中から扉が開き、井村が姿を現した。
「何だよ? 一体」
「那須さんが、部屋にいないの。ハンドバッグも持ってないし」
「知らねーよ。俺に聞かれても」
「ちょうど良い機会だ。部屋の中を見せてくれないか? 犯人はバタフライナイフを連続で凶器に使ってる。君の部屋にそれがないか、探させてくれ」
 日々野は、井村に切り出した。
「俺が犯人だっつーのかよ?」
 不服そうに井村が目を向いた。
「そうとは言ってない。無論私の部屋も見せるし、倉橋さんと、妹尾君の部屋も見せてもらう。さっき倉橋さんと那須さんの部屋を探したけど、凶器らしき物は見当たらなかった。部屋を出る時に持ち出した可能性はあるけどな。当然拒否してもいいが、君に対する私の疑惑は、それだけ深まる」
「ごめんなさい。あたしからも、お願いする。あたしの部屋も公開するから」
 翠が両手を合わせると、頭を下げた。井村は不貞腐れた態度だったが、2人を中に招き入れる。
 日々野と翠は部屋の隅々まで探したが、バタフライナイフもなかったし、他にも犯行の証拠になるような物は出てこなかった。
「当たり前だけどな。ここへ来る時俺も含めて持ち物検査されてるしな」
 その後3人は6階に降り、日々野の部屋に入った。
 今度は井村と翠が、部屋の隅々まで調査したが、やはり犯罪につながるようなアイテムは見つからない。
 次に3人は5階に向かう。ノックすると、妹尾が中から現れた。
 日々野は事情を説明し、やはり室内を調べたが、凶行の証しとなる物品は発見できぬ。
 今度は妹尾を含めた4人で3階に下がり、翠の部屋に入ったが、結果は同じだ。その頃には、時刻は昼の12時近くになっていた。
「今度は、外を探してみよう」
 日々野がそう宣言する。
「普通に考えたら、那須さんはこの島のどこかにいるはずだ。南国ビルにいないんだから、外のどこかにいるだろう」
「冗談だろ? もう昼メシ時だし、この暑いのに外へ行くのかよ。南岸の砂浜で泳いでるんじゃないの?」
「こうしましょう。今からみんなで昼食にする。その後あたしは、外を探す。井村君は無理してくる事ないからね」
 その頃翠と日々野と井村の3人で食事を作り、妹尾を含めた4人で食べた。午後1時過ぎ、結局4人で北側の玄関を出る。
「今日も暑いなあ。地球の熱中化も進んだもんだぜ」
 滝のように汗を流しながら、井村がぼやく。
「もっと全国に木を植えるとかして、二酸化炭素を減らす努力もしないとな。日本の政治家は対応遅いよ」
 日々野がそう口にした。
「どうせ僕ら月曜には死にますけどね。死んだら暑いも寒いもないです」
 よく耳を傾けないと聞こえない、プランクトンが鳴くような声で妹尾が話す。やがて4人は、港まで来る。
そこには驚くべき光景が存在していた。


スーサイド・ツアー(第23話 衝撃)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)

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