男と物乞い

あるところに男が住んでいた。
男は幼い頃に片足を失っていて、上手く歩くことができなかった。
上手く歩くことが出来ない身体ゆえ人の助けを借りずに生きることはできず、そのため彼は他人に優しくあろうと努める人間だった。彼は小さな畑で芋を育てそれを食べ生きていた。

彼には知恵が無い。それゆえ芋を食べていればいつか足が生え、遠くへ行けると心の底から信じていた。
彼は海を生まれてこの方見たことがなく、それを見るのが夢で、毎日少しの芋を食べてはまだ見ぬ海を想い床に着いた。

ある時、男は家の軒先から一人の物乞いが遠くから歩いてくるのを見つけた。
しばらくして物乞いはこちらに気がつくと小走りで男の元へやってきてこう言った。
「私はここ数日何も食べていません。何か食べ物を恵んでくれませんか。」
男は物乞いを可哀想に思い、家にある少ない芋を物乞いに分けてやった。
物乞いは勢いよくそれを喰らうと、
「ありがとうございます。是非お礼がしたい。何か私に出来ることはありませんか」と言った。
男は少し躊躇ったが、海を見たいという自分の夢を物乞いに打ち明けた。
すると物乞いは、
「私には幸い足が二本ある。是非ともあなたを海へ連れて行って差し上げましょう」
と言い、男を背中に乗せ海へと歩き始めた。

物乞いは暫くして息を切らし始めた。
物乞いは肩で息をしながらこう言った。
「私は少し疲れました。もしこれ以上背中に乗るのであれば、貴方の腰につけている巾着の中の物をいただきたい」
男は仕方なく巾着の中から芋を出して物乞いにくれてやった。
物乞いは勢いよくそれを喰らうと男をまた背中に乗せ歩き始めた。

物乞いはまた暫くして歩みが遅くなった。
物乞いは地面にへたり込みこう言った。
「私は疲れました。もしこれ以上私の助けを借りるのであれば貴方の持っている芋を全て下さい」
男は自分の分の芋もくれてやるべきか悩んだ。しかし男は戻るにも海へ行くにも、もう物乞いに助けを乞うしか方法が残されていない。男は仕方なく芋を物乞いに全て渡した。
物乞いは手渡された芋を喰らった。そしてあろうことか地面に座り込んだ男を一瞥すると、海と逆の方向に歩み始めた。
「待て。大事な芋を全て食らっておいて、まさか見捨てるのではあるまいな」
男はそう叫ぶと物乞いはこう言った。
「私はあなたをおぶって歩くことに飽きました。それに芋ごとき、また育てればよろしい。ここは貴方の家から海までの半分にあたる。あとは自力でお行きなさい。私はこれにて失礼いたします」
物乞いはそういうと男の目の前から走り去った。
あまりの出来事に、男はその場に這いつくばり絶望に身を委ねるしかなかった。

それからどれくらいの時間が経っただろうか。男は再び顔を上げ海の方角へ這って進み始めた。
物乞いが最初に見せた純粋な眼を思い浮かべながら。物乞いが自分を背負って歩いた距離を布越しの腹で感じながら。
そして遂に男は海へ辿りついた。
その頃にはもう身体は傷だらけで、そこから自分の家へ帰る力は残されていなかった。
しかしそこから眺める景色は、男が想像していたものを遥かに超えた素晴らしいものだった。
男はその景色を見ると静かに目を閉じ、もう動かなくなった身体にこの上ない安寧を得て、穏やかな表情で永遠の眠りについた。


三日ほど経ったある日、男の亡骸の元へ物乞いがやってきた。
物乞いは男の亡骸を見つけると抱きかかえ、それはそれは大いに泣いた。
どれほどの時間泣いただろうか。物乞いは泣き止むと、浜辺に穴を掘った。そして男の亡骸を丁寧に葬りその場を去った。
うららかな春の陽が、男の亡骸を埋めた浜辺の砂を燦々と照らしていた。

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