風が通り過ぎたかもしれなかった日
実はあれは風だった?
あの日私はレンタカーで都内に向かっていた。運転は免許をとってから間もない娘だった。かなりの恐怖で、後部座席で私は防御体制をとり、落ち着くためにイヤホンで藤井風の旅路を聴いたりしていた。カーナビのアプリを開き、現在地を確認したりしていた。場所は確かさいたま市から戸田市に入り、荒川をこえそろそろ都内への境目あたり。よく晴れた空だったが、白い雲が見えた。実にドライブ日和のある日曜日の朝。翌日はビバラロックで、ついに生の藤井風を観られるとかなりウキウキしていた。
そう、この日あの時私は車中の人だった。
都内にある夫の実家の片付けの総仕上げに、レンタカーを借り、一家総出で向かっていた。あの時開いていたカーナビのアプリにその時のデータが残ってはいないだろうか探してみた。見つけた。履歴を開いてみた。運転診断結果があった。
カーナビとこのアプリの二本立てで、場所の確認をしながら走っていた。車のスピードが上がり、そろそろさいたま市から出るか出ないかのあたりで私は一台の車に気づいた。
オープンルーフで、音楽をガンガンかけながら、うるさいヤバそうな車を目の端で私は捉えた。左車線にいたその車を右車線から見た。私は後部座席左側に座っていたので窓からよく見えた。その車はかなりの音を出していて運転手がひとり居て、もう一人誰かが乗っていて、カーステで大きめの音楽をかけ、なんだかかなり騒いでいた。
オープンルーフだったから、とても目立っていた。後ろにもう一台後続車がいた。最初は左側前にいて、それから前、右に行き、やがて私たちの車がその車を追い抜いて行き、見えなくなった。
左車線のその車はヴェゼルだったと思う。さらに言えば、藤井風とそのマネージャー河津さんが乗っていたと思う。レンタカーを借りた時刻は確か午前10時前後。とすれば、すれ違った時刻はその20分ぐらい後だろうか。
その日、藤井風がTwitterに上げた動画を観ておやっと思い、まさかね、違うよね、と、嫌な予感とは反対の実にウキウキした高揚感に包まれた。はっとした。これは、私が見たあの時の空ではないか?青い空にいくつかの白い雲。同じ空を私も見ていたのではないか。
妄想と現実との境目に、あの日からずっと揺られ続けている。この動画はTwitterでは削除され、現在はInstagramに投稿されている。
家族にも、オープンルーフで音楽ガンガンかけてた車見た?と訊いてみたが、憶えていないらしい。何しろ、運転手は、免許とってから暫くぶりの娘だし、夫も緊張でカーナビの設定だのなんだのでそれどころじゃなかったらしい。
ねぇ、風さん、東京ラブストーリー風に言えば、あの日あの時あの場所で君に会えなかったら、いや、違う、私はあなたにすれ違っていたのですか?
いつか答え合わせをしてください。できれば、私が生きてるうちにお願いします。
動画がアップされたあの日のうちに、あれはあなたでしたかと、Instagramに書き込みしたような気がします。Twitterだったかな?あー、薄れゆく記憶と戦いながら、この文章をこんな時刻にやっと書けました。ずっと何かに残さなければ、この記憶はこの世のどこからも消えるなと思っていたので、ほっとしています。
それは、2021年5月2日のことでした。
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