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【小説】私と推しと彼と解釈違い④

「え~、亜紀てんはそれでいいわけ?」
「それでいいって…いいつもり、だけど」
 そう、小さな違和感。それは、ヲタとしてじゃなく、彼女としての嫉妬…だよね、やだ私恥ずかしー。そんな風に女子トークのネタにした、つもりだった。メイドカフェのお嬢様友達のまきろんは、いつもフリルがわしゃわしゃした可愛いワンピース姿で、私の他の友達にはいないタイプ。可愛い声で結構バッサリ毒舌なところも、他の友達とは違うから、私もなんでも気楽に話せちゃう。
「彼氏と彼女の話って言われるとよくわかんないけど…、でも、ヲタクとしては、なんかやな感じーって思っちゃう」
 〝野原のウサギさんすやすやカレー〟(ウサギの形のライスに、グリーンのタイカレーがかかってる)をペロッと完食して、その後にまさかの〝ふわふわ❤︎もこもこ雲の上パンケーキW〟(ホイップたっぷりパンケーキのホイップ2倍盛り)に挑みながら、私と目を合わせないまま、まきろんは言った。
「さ、さすがに苦しいかも…でもラミカのためだし…」
「コンプは諦めれば? 限定分だけは揃ったし…っていうかホイップはシングルでよかったんじゃ」
「言わないでー。だって50円しか違わないならダブルにしたくなるじゃん! コスパ!」
「コスパ…」
 キーワードに引っかかった私の間に、まきろんはクワッと上目遣いでこっちを見た。ピンクの背景、デコラティブなお洋服、ナイフとフォークを両手に構えてると、シュールなタイプのアリスのティーパーティ感、ある。
「そう、コスパですよ、コースーパー。私としては、いっぱい話せてお得っていうのはよくわかんなくて、話す価値のある子と話したい! 価値って何って感じだけど、そこが推しの推したるところで、全然違くない?って思うんだよね。亜紀てんは元々ドルヲタだから、私とはまた違うかもしれないけど」
 ブツ切れていた会話の流れが、戻ってきた。
「私がごりごりのクラシックメイド好きだった時は、メイドさんに会話とか接触は不必要って思ってたもん。世界観の造り込みと、美しい所作がすべて!って」
「確かに、そういうのは思ったことない」
「でしょ。まぁ、その後こっちにハマったから、今となっては笑い話なんだけど…。でも、やっぱりお話より、メイドさんとして頑張ってるとか、ステージでキラキラしてるところを見るのが好きなんだよね。あと、正制服に変わるとか、そういう達成感を応援したくて。まずそういう、頑張らなきゃいけないハードル?身につけなきゃいけないスキルみたいなのがあるから、お話も楽しいっていうか。フツーの子と話しても…もちろん接客業ってスキルが必要なものだと思うし、別に普通に楽しいかもしれないけど、それは私の求めてるものとは明確に違うんだよね〜。お客さんとのトークスキルが上達する…ってだけじゃ、推せないし、なんかそもそも推しってそういうものだっけ?って思っちゃう。私としては」
 えっやばい。泣きそう。
 別に怒ってる風でもなく、ヲタクの怒涛の、でも淡々と、当たり前テンションの意見が目の前を流れて川になって、それが自分の抱えてたモヤモヤに切り込んで、言葉の飛沫がぱあっと霧を薙ぎ払っていく。やばい。霧の後に残るものを、見たく、ない。
「……」
 返事待ち顔でこっちを見つめてるまきろんに、何か言わなきゃって思うのに、言葉が捕まえられない。
「あ…っ」
『はぁあぁ~い! れでぃい~すあ~んど、じぇんとるめぇ~ん! ハイ! 本日のサプライズステージが始まりまぁす〜‼︎』
 それでも、沈黙は嫌だって思った時、急に店内の照明が落ちて、響き渡るアナウンス。ニコニコ成分をたっぷり含んだ大げさな巻き舌。壁に照らされるハート模様に、回るミラーボール。
「あっ! りっか〜!」
 ステージに並んだメイドさんの中に推しを見つけたまきろんが、歓声を上げる。
「あ〜、今日ペンラ持ってこなかった〜!」
『ご主人様、お嬢様。今日を一緒に過ごしてくれて、私たちメイド一同、とっても嬉しいです。感謝の気持ちを、心を込めて1曲パフォーマンスさせていただきます❤︎ よかったら、手拍子で応援してくださいね』
 カフェの中の小さなステージだけど、スポットライトの中のメイドさんは、ニコニコ楽しそうに踊り始めた。まきろんの推しメンの〝りっか〟ちゃんは前列センター横のいいポジションだから、めっちゃ嬉しそう。
 私の推しの〝るる〟ちゃんは…後列左端かぁ…。あ、でも前この曲はまだ練習中って言ってた。そっか、できるようになったんだ。正直ライブを楽しく見る気分じゃなかったけど、推しが頑張ってるのは嬉しくて、自然と口角が上がる。
 周りのお客さんも、ラッキーなサプライズステージにみんな嬉しそうで。ちらっと左右を見回すと、笑顔で手拍子する人、準備よくペンライトを持ってはいるけど、着席のカフェで大きく触れないから顔の前で左右に揺らしてるおじさん。おじさんの鼻がオレンジ色に照らされていて、クリスマスのトナカイみたい。おかしいのに、すごい笑顔で、目がキラキラしてて。
 彼も、そうだった。
 一緒にライブに行った時、推しの子を真っ直ぐ観てる横顔を、時々チラッと見るのが好きだった。例えばすごくいいダンスの後とか、楽しそうで、嬉しそうで、やった!あとであの時良かったよね!って話そう!って思ったりして。全然やきもちとかじゃなくて、同じものを同じように好きでいられることが、とにかく楽しかったんだ。
『それでは、ありがとうございましたー❤︎ オーダーお待たせしちゃったご主人様、お嬢様、この後すぐお届けしますので、ちょっとだけ待っててくださぁい!』
『ありがとうございましたー!』
「はぁ…やっぱり頑張ってよかったぁ〜」
 いつの間にかふわふわ(略)パンケーキを食べきっていたまきろんが、にこにこ満足げに…またメニューを手に取ってる。
「えっ…まだ?」
「あっ、いやさすがに…まぁせっかくなら限定オリカクにしようかなってぐらいで」
「尊敬する…」
「いやいや…いいもの見たから感謝の課金したいじゃないですか、そこは。しかも、もしかしたらりっかセンターバージョンを見られる日もそう遠くないですよ…そのためには、ね」
「うん、私もオーダーする!」
「あそっか、るるちゃん前この曲レパートリーに入ってなかったですもんね、お祝いだっ」
 ただのオリカクにするか、限定オリカクにするか…そこは限定でしょ!のまきろんの一声。限定だと、必ず本人がテーブルに持ってきてくれて最後の仕上げをしてくれる=ライブ楽しかった!って伝えられるから、それはそう。
「言いかけてましたよね、さっき、ライブの前」
 同じことを考えた人は多かったみたいで、各テーブルを回る限定オリカクが来るまで、暇になったまきろんが、またさっきの話を切り出してきた。
「なんか今、全然整理できてないけど、確かに…って思うところは、あったかも」
「よかった! なんか言いたいこといっちゃってスミマセン。でも、ですよねー」
「なんかさ、私は元々アイドルが好きだから…ステージを見るのが一番好きなんだよね。その子が、できなかったことができるようになったり、他の人にも認められていく…ファンの人が増えたり、グループが活躍してくのをみると、嬉しいなーって。夢とか目標とか、綺麗なものを一緒に見たいんだよね。あと、メイドさんだと、メイドさんとしてのスキル?お話だけじゃなくて、あるじゃない?」
「うんうん、わかります。はじめてのお客さんへのご案内とか、外国のお客さんでも笑顔にさせてるなーとか、テキパキお給仕したり、後輩の子にちゃんと指示出せてる!すごい!とか…なんか上からみたいに聞こえたらアレですけど、そういうのが嬉しいですよね」
 考えたことをそのまま、わーっと言葉にしていって、それをストライク受け止めて、また気持ちのいいボールが戻される。段々もやもやしたものが整理されていく。
「うん。嬉しい。…あと、わかった。私、その人がなりたい自分になっていくのを見たいし、なりたい自分になれてる人が、キラキラしてるのが好きなんだ」
「あ、それすごくわかります。私とかもこういう服、着こなすために頑張ってる子は尊敬するし、好きですもん」
 多分3枚くらい重なっているふわふわのスカートをつまみ上げて、頷いてくれる。
「まぁ頑張ってなくてもいいんですけど…。でも、何かを我慢してない人がくれる眩しさって、ありますよね。いやまぁ…我慢しないだけっていうのは危険な方向の時も、あるけど…ふふっ」
 目がー、目がー、みたいな眩しさを避けるアクションをしてから、悪い顔で笑ったまきろんに、つられて私も笑ってしまう。
「ちょっと、それは置いとこ。ややこしいから…。うん、だから、なりたい理想をちゃんと持ってて、そこに向かってる人がいて、その方向が自分も凄く好きで、しかもそういう人が、私達に応援してもらうことを必要としてる、って、全部揃ってくれると、推す!推させてください!って思うんだ、私。」
「ですね。応援が、その人の成功にとって必要っていうのも重要ですよね、地味に」
「そうそう。そう。あーまきろんはわかってくれるのに、なんで彼にはうまく言えないんだろ」
「うーん…私にはわかんないけど、もうちょっと、やきもちとかじゃなくて、これからもそのコンカフェの子を推してくの?てゆーかそもそも推しなの?っていうのは、話してみてもいいんじゃないですかね…」
 言葉を切って、コホン。大事なこと言いますよ、って目で訴えてきてから、まきろんは言った。
「ヲタクが決裂する時は、ジャンル違いより解釈違いだと、私は思ってるんで。この場合は、アイドルとかメイド、コンカフェってジャンルの問題のようで、実は推しとは何か?だと思うんですよ、これは…大変なことです」
「えっ…脅かさないでよ…」
「まぁまぁ。脅しましたけど、大体本音ですよ!実体験コミコミなんで」
「フォローじゃない…」
「あっほら、あのオリカク私たちの番ですよ…るるちゃんこっち来る」
 ニコニコ笑顔のるるちゃんが、カラフルなドリンクが乗ったトレイを掲げて近づいてきたから、私も、なるべく元気な顔を作った。推しと取るコミュニケーションは、なるべくポジティブがいいよ、ね。

つづく

次が最終話です。