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夜くる とり

 ベランダでバサバサと羽音がする。

台所で皿を洗っていたわたしは手をとめた。
窓に
明かりを消した暗いリビングが映っている。
眠たい顔の女がひとり。
自分なのに、どこかよそよそしくみえた。

 夜に鳥が来るのはめずらしい。
昼間には小さな鳥が来ることがあった。
あれは確かヒヨドリ。
いつも窓を開けようとしただけで、飛び立ってしまう。

 夜くる鳥とはどんなものだろう。
姿が見たい。
流れる水を止め、静かにタオルで、手を拭く。
近づいたら逃げてしまうだろうか。
部屋の中から姿だけでも見えないだろうか。
暗いガラス窓をじっと見るが、くらがりがあるだけ。
耳を澄ましてみる。そろりそろりと窓に近づくが、留まる。

  そんなふうに躊躇しているうちに、気配がなくなった。 
また、ひとりの台所が戻ってきた。   



この日から、夜になると鳥が来ないだろうか、と気にするようになった。
その鳥は何色で、どこからくるのか。

 いろいろと考えるうちに、想像の中で鳥は・・何か鳥に似て違うもののように思えてきた。翼のある、別の生き物だったかもしれない。

 家庭をもつ前、時間は全て自分のもので、何をするにも自分で選ぶことができた。孤独とわたしは親密で、うまくいっていた。 
それなのに結婚してからというもの、あの独特な静けさはわたしのところにはきてくれない。
いつも家族の誰かを気にかけたり、心配したりしている。
これが、幸せというものなのだろう。
もう寂しくはないけれど・・あの孤独の静けさが、せつないほどになつかしく思ってしまう。

 鳥は孤独と自由のかたちをしているように思う。
だから、待つのかもしれない。夜くる鳥を。

鳥はどんな風体なのだろう。
何色の羽を。
どんな大きさで、どこから来るのだろう。

考えていると、イメージの中でその鳥は
女の顔になっている。

それはわたしにそっくりだ。

 今夜も、闇夜のベランダを気にしている。

かけはし岸子


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