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ニセ量子力学とスピリチュアル疑似科学の系譜

先月末~今月初旬はマルチもどき商法集団、事業家集団・環境に関するプレジデントオンラインへの投稿で忙しく、頭の中は悪徳商法で埋め尽くされた状態だった。その間に音声SNSであるclubhouseが流行しており、投稿から一息ついた僕のTLに、理工系の人々がclubhouseで多くのユーザーを惹きつける「量子力学コーチ」なるものに驚愕している様子が流れてきた。これについては悪徳商法以外のことについて考えたかったこともあり、精神世界やスピリチュアルの歴史から見た解説ツイートを行った。

ツイートだけでは何なので、補足も含めて記事にしたいと思う。

疑似科学には実質的にスピリチュアルと言えるものがある

上述したように、ニセ量子力学について理工系の人々が困惑する様子がTLに流れてきていたが、彼らが理解できないのも無理はない。というのも、こうしたスピリチュアル・自己啓発系で使われる疑似科学は、実質的には信仰の一種と呼べるものがほとんどで、自然科学的に見ると単にエビデンスのないニセ理論だからだ。普段スピリチュアル界隈を見ていないと、多くの人を惹きつける謎理論が突然出てきたように見えるだろう。ところが、こうしたパターンのスピリチュアルは珍しくなく、ニセ量子力学すら随分前から見られたものだ。

スピリチュアルで多用される疑似科学の代表例といえば「波動」だろう。これはラジオニクスというオカルトが元ネタで、有名なのが誰あろう「水からの伝言」の著者である江本勝氏であった。氏の名前をAmazonで検索すると下記のような波動関連本がヒットするし、Wikipediaの著書リストを見ても波動本を多く刊行していることが分かる。

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この「波動」は「水からの伝言」でも使われる理論となっているが、ラジオニクスでの波動はどのようなものなのだろうか。Wikipediaから引用してみる。

すべてのものは未知の波動 (Vibration) を発している。この波動は生体に影響を及ぼし機器により測定可能であり、且つ同調・変調することで逆にすべてのものに対して影響を与えることができる。

音波や電波、量子力学の波動とは全く異なることが分かって頂けると思う。これは江本氏が設立した会社のHPを見ても明らかである。つまり、「波動」という物理っぽい言葉を使いながらも中身は全く異なるのだ。一応前述の会社のHPで「実験」なるものが示されているものの科学的検証に耐えるものではなく、ほとんどオカルトやスピリチュアル、信仰の世界なのである。

量子力学自己啓発の代表、ザ・シークレット

ここまでで、スピリチュアル自己啓発で使われる疑似科学が、科学の用語を使っているだけの代物であり、物理学とはほぼ関係ないことが分かって頂けたと思う。これは量子力学についても似たような状況である。自己啓発に量子力学を利用した代表例は「引き寄せ系」自己啓発本のザ・シークレットであり、自己啓発界隈では大変に売れた。しかしこの実態は、「ポジティブ病の国、アメリカ」でも指摘されている通り、「ニューソート」という「宗教思想」の焼き直しである。

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ニューソートについて説明すると長くなるので詳細は省くが、その中心は「自己の精神と宇宙は直結しており、考え方を変えると宇宙も変化する」という思想である。これはポジティブシンキングを始めとした自己啓発のルーツである。ザ・シークレットでどのように量子力学が利用されているかは本書のWikipediaを読んでもらうと分かるが、要は「人の思考が世界のあり方に影響を与える」ということで、「引き寄せ」の裏付けに使われているだけなのである。これに対しては科学者から既に批判が出されているが、彼らは正当な量子力学の理論を受け入れることはないだろう。何故ならここで求められているのは「自己啓発」であり、神仏を信じられなくなった人々が納得する裏付けだからである。その本質は疑似宗教であり、彼らはそもそも物理学に興味がないのだ。

ちなみに、ザ・シークレットの翻訳者である佐野美代子氏はコロナ陰謀論や金融リセット説(GESARA)を発信する陰謀論者になっており、スピリチュアルと陰謀論との親和性を示す一例になっている。これについてもそのうち研究したい。

東洋思想と現代物理学の接続、ニューサイエンス

宗教的なものと自然科学を接続する試み自体は現代スピリチュアルの前身である精神世界やニューエイジでも見られたものだ。いわゆる「ニューサイエンス(ニューエイジ・サイエンス)」である。その代表作が「タオ自然学」であり、ここでは現代物理学と東洋思想が交互に説明され、それらの類似性が提示されていく。著者のカプラは物理学者であり、内容としてはそれなりに難しい。

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一部を引用してみよう。

ヒンドゥー教徒がシヴァ神のコズミック・ダンスをとおして物質の本質を理解していくのに対し、物理学者は場の量子論をとおして同じことを理解していく。踊る神と物理の理論は、ともに人間の心の産物であり、それを生み出した人間のリアリティに対する直感的な理解を表すモデルなのである。

ニューサイエンスでは東洋思想における直感を現代物理学に活かすことでの進歩が目指され、「現代思想」で特集されるなど80年代のインテリを魅了した。世代的には「ニューアカ」の支持者と重複していたと推測している。横浜国立大学教授である一柳廣孝は、「オカルトの惑星」の中で精神世界とニューサイエンスについて研究し、「精神世界ブームを支える理論的フレーム」であると言っている。このような背景を考えれば、オウム真理教に高学歴の理系信者が多く入っていたのも頷けるだろう。当時は自然科学と宗教が接近していたのである。某後継団体のHPで、ニューサイエンスを伺わせるような量子力学と仏教との類似性を指摘する文章が見られるのは示唆的である。

上記のようなニューエイジ~精神世界~スピリチュアルの流れや、ニューサイエンスについては下記動画にまとめている。

また、拙著でも解説している。


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