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カウンターの向こう側に立って初めて気づいたこと その1 -常連さん-

お店にいらっしゃるほとんどの皆さんと同じように、大学を出てから10数年、普通に会社勤めをしていました。

美味しいものを食べに行くのは好きでしたし、そういったお店を探すこともそこそこに好きでした。特に料理をするタイプではありませんが、漠然と料理本を読むのは好きでした。

ですが、特定のお店に足繁く通うということはありませんでしたし、お店の方とコミュニケーションを取ることはあっても、積極的に話しかけて親しくなるようなこともありませんでした。今考えてみると、そういうことは特に必要ないと思っていました。。いろんなお店に行って、美味さを楽しむ程度にしか考えていませんでした。

そして、お店を始めるまでは常連さんについて、そういう存在のいることがお店にとって良いことなのか、ということに疑いを持っていました。常連さんが作る雰囲気が故に、新しい人がお店に入ってきづらくなる、私のような一見さんが容易くお店に通えるように、常連さんを極力作らないお店の運営ができないものか、真剣に考えていました。
今考えてみると、これはすごく馬鹿げた考え方で、本当に何も見えていなかったのだなとしか思えません。そういうことを考えてしまっていた自分がいかに表面的なところしか見えていなかったか、実に浅はかだったかと思います。

実際にやる側に立ってみると、常連さんの存在のありがたさというのは本当に何にも変え難いものがあります。他の方がどうかわかりませんが、私は少なくとも個人店をやっていくということは、外的に自己表現を行なっていることだと考えています。繰り返し来てくださる、楽しんでくださる、喜んでくださるというのは、何にも代え難くありがたいことなのだということに初めて気づきました。
これまで何か労働をするということの報酬は金銭ないしは自身の成長であるという、ただただサラリーマン目線でしか物事を見られていなかったのですが、初めて個で人様から金銭を頂く立場になって、金銭的な報酬以外に、自身を肯定的受け止めてもらえるということが、どれだけの精神的な報酬になりうるのか、ということを思い知らされました。
次に来てくれるかどうかわからない人、果たして気に入ってくれているのかよくわからない人よりも、気に入って来てくださる方の思いにいかに応えていくかに気持ちが行くのは当たり前だということにようやく気づいたのです。

結局私はその立場になって行動して物事を考えて感じてみないと、
見えてこない人なんだなという話でした。

続く

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