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3周年

昨日1月26日が実はそうでした。2015年のその日にひっそりとオープンして、どうにかこの日を迎えることができました。これまでお越しいただいた皆さんがいたからこそ、どうにか続けてこられたことです。ありがとうございます。

3年はあっという間、とやっていない時に思っていましたが、全くそんなことはなく濃い日々でした。やらずにあれこれ言ったり想像するよりも、実際にやってみなければ気づけなかったことがたくさんありました。そしてやってみたとしても、未だに分からないことが沢山あります。

予てから本質的でありたいと思っているのですが、新たな側面から見えた物事や出会いはよりそれを深め、人生を豊かにしてくれました。

昨年の11月に行った「つむぐりがてきてから」で行った振り返りでお話しするにあたり、お店の提供したいものが何であるかを改めて考えてみて、浮かんだ言葉は「豊かさ」でした。もちろん精神的な「豊かさ」のことです。

「豊かさ」と言ってしまうと抽象的で、それは各人の考え方や捉え方によって意味が変わります。

つむぐりが提供したい「豊かさ」とは、自分と向き合う時間、です。常連さんの多くがお一人様である事がそれを物語っている気もしますが、日々の中で意外と自分の時間を確保すること、自分のための時間をとる事は難しいと思います。本を読んだり、考えに浸ったり、その中で仕事を進めてみたり、これからの在り方や方向性を模索してみたり、知識や感じる力を養ったりということです。これは私の「カフェとはそういう場所である」という考えに基づいてのことです。

ただ、いらっしゃる皆さんを見ていると、他の「豊かさ」を提供できていたことに気づきました。ご家族や友人と穏やかに談笑されている姿を見ると、それもまた豊かな時間の過ごし方だなと。他者と向き合う事が自分と向き合うことにも繋がると思ったのかもしれません。ただ、その幸福な感じがいいなと思ったのかもしれません。

結局の求めるところの「豊かさ」はどれだけ精神的な余裕があるか、のような気もしてきています。私はもっと精神的に余裕のある人がたくさんいる世界になったら良いなと思います。目の前の物事や出来事をどう受け止められるか、向き合えるかはその時の精神的な余裕があってこそですが、余裕のなさを感じる機会が増えるばかりで、それが得体の知れない窮屈さを生み出している気がしてなりません。

お店を通じて「豊かさ」を感じていただけるような空間、場づくりを今後も続けていきたいと思います。そして同じような価値観をもつ人との輪が更に広げられていければなとも思います。

また、これも「つむぐりができてから」でお話ししたことですが、果たしてあと何年、今の形でお店を続けていけるか分からないということをそろそろと感じ始めています。それは私に何か続けられない理由ができるのかもしれませんし、今の建物に何らかの限界がくることなのかもしれません。今のところは後者の可能性が高い気がしています。

全てのものは日々朽ちていくものですから、目の前にある緩やかに朽ちていく時間というものを味わいながら、存分に楽しんでいけたらと思います。

一緒に朽ちていきましょう。

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