「未来のミライ」〜rap

あまりアニメ作品は好んでは観ない。

でも、好きなアニメーション映画はいくつかある。

「未来のミライ」もそのひとつ

洋画は基本字幕版で見るが、最近WOW WOWで観た「ボス・ベイビーfamily misson」(吹替版)はお気に入りになった

このふたつの作品の共通点に父親が主に子育てをしていることがある。
母親だと子育てを通じて必要以上に密着してしまうけど、父親だとそれがあまりなく、お互いへの要望がはっきり浮き立ってくると感じた。

もう一つの共通点は、自分の子供の頃の気持ちを思い出して子供と交流するというところ。「秘密の森のその向こう」ではそれがテーマになっていたからか新鮮で印象深く感じたが、この設定は「未来のミライ」や「ボス・ベイビーfamily misson」にもあった。考えてみれば他にもあったように思う。

「未来のミライ」では、くんちゃんに躾をしている大人の母親が、子供の姿でくんちゃんに会い、「散らかってる方が楽しいじゃない?」と笑い、お菓子も盛大に散らかして、「散らかして食べた方が美味しいじゃない?」って、言うところ。そのあと母親(くんちゃんの祖母)に厳しく叱られて「ごめんなさい。ごめんなさい。」って泣いているところも含めてとってもチャーミングだった。
くんちゃんは急いでその場を逃げたけど、自分を叱る母も自分と同じ思いでいたことにいつか気づくだろう。まだ小さくてびっくりしてるだけみたいだけど。

現実には大人としての母、穏やかな祖母であるのだが、昔からそうだったわけではない。

そうやって上の世代の人の歴史に触れる感動は昔の話を聞くことと想像力である程度は実現できる。

親から終戦前後の話を少しずつ切れ切れに聞き、想像する。

世界中には様々な生活があり、そのことも話を聞いて情報に触れて想像する。 

「ボス、ベイビー」では、想像力が豊かすぎることをポジティブに表現されていたように思う。

現実的なことから目を逸らして想像の世界に逃避することは子供っぽいことで、大人には必要のないこと・・・という空気は世の中から強く感じる。でも、現実の何者にも邪魔されない想像の世界を持つことを肯定されたような気がする作品だった。

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