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孤独病の頃

孤独病にかかったことがあります。

「孤独病」とは勝手にわたしが名づけた病で、何を見ても、何をしていても、自分だけが世界で一番孤独で不幸だと思い込んでしまう病です。

あの頃のわたしの孤独病は重症で、たとえば夕暮れ時に通りかかる家々の窓にいくつも灯りが点っているのを見ただけで、泣きたくなりました。
なぜなら、以下の思考回路になるから。

いくつもの窓に明かりが灯る
 ↓
複数の部屋に人がいる
 ↓
一緒に暮らす家族がいる
 ↓
でも自分は独り、帰宅すると家は真っ暗、その上いくつも明かりを点けられる経済力もない
 ↓
孤独だ、貧しい、自分は闇の中にいる

いやはや、大いなるマイナスオーラにまみれておりました。
自分で今思い出しても呆れるレベルです。

孤独病の時は、朝、除雪時に通りかかるご近所さん達が幸せそうに見えて仕方がありません。
家族を送迎するご近所さんに挨拶しながらも、「いいなあ。送迎する家族がいて」→「それに引きかえ自分は独り除雪」と思い、出勤時の車からクラクションで挨拶してくれるご近所さんに手を振って応えながらも、「いいなあ。暖かい車で出かけられて」→「それに引きかえ自分は寒い屋外で独り除雪」と思っていました。

みんなそれぞれいろいろ抱えていて、除雪だって早い時間に済ませているということを、思い遣る力がなかったのです。
要するに、自分が一番タイヘンで、自分が一番可哀想で、自分の不幸に夢中。

では、どうやってわたしは孤独病から抜け出したのでしょう。
ある日、ご夫婦や家族連れで賑わうスーパーに買い物に行ったときのことです。
一週間分の買い出し品の入った重い荷物を運びながら、いつものようにまたしても「わたしだけ独り……」と思って駐車場を歩いていたところ、偶然大学時代の友人の姿を発見しました。
小さな男の子を連れて、その子に向かって優しく微笑んでいる友人。
もう10年以上連絡さえとっていなかったけれど、たしか彼女は社長夫人になっていたはずだ、と思い出しました。

見るからに幸せそうな彼女に引きかえ、自分は孤独病の真っ最中。
しかも、スカートを履いてちゃんと化粧もしている彼女に対して、自分は除雪作業用の上着にジーンズにスッピン。
声をかけようかどうしようか、一瞬躊躇しました。
でも、なぜかそのまま見なかったフリをすることはできず、自分から声をかけてしまいました。

すぐに気づいてくれた友人としばらく立ち話をしてみると、わたしの披露する近況はあまりにもパッとしないどころかどちらかというと悲惨で、彼女の近況は予想した通り、幸せと平穏と安定の象徴でした。

その後、帰り道に車を運転しながらわたしは考えました。
たしかに彼女の人生は幸せそうだ。
家族が居るのは羨ましい。
不幸の影など見えなくて、働かなくても経済的に豊かそうなのもいいなあ。
でも、「では彼女の人生と自分の人生を交換したいか?」と自分に問うてみたら、答えは即答で否でした。
入れ替わって彼女の送っている人生を生きたいとは、どうしても思えなかったのです。
その時の自分は、専業主婦になる勇気はなかったし(そもそも養ってくれる人がいない)、自分以外の誰かの面倒を見るガッツも余裕も包容力もなく、何より苦しくても辛くても自分の仕事(店)はまだ続けられる余地がある、と思いました。
そしてハッとしました。
将来の展望などなく、先のことを考えると絶望してしまうから、とりあえず明日までのことだけ考えて日々を過ごそうとギリギリだったあの頃のわたしは、いつ人生を終えてもいいとさえ思っていたはずなのに、「まだ続けたいんだ」とハッとしたのです。
「やめたくないんだ」と我ながら驚いて、その瞬間に見えたかすかな熾火に縋るように、改めて自分がどう生きていきたいのかを考えました。
そして、何の不自由もなさそうな友人の人生だって、大変なことはたくさんあるに違いないと、ようやく思い至りました。

どんなに他人が羨ましくても、幸せそうに見えても、入れ替わりたいと思わないのであれば、自分の人生だってまだまだ捨てたものではありません。
だいたい交換なんてできないんだから、自分が手にしているものとしっかり向き合っていくしかないのです。

あの時スーパーで彼女に声をかけて良かった、と思いました。
自分はわりと惨めだったけれど、見て見なかったフリ、しなくて良かった。
そうしてしばらくして気づいたら、夕暮れ時の窓の明かりも、朝の除雪時のご近所さん達も、いつもの光景になっていました。

辛いことや寂しいことに夢中だと、誰かと比べて自分の生き方を見失ったり、自然の美しい景色や人の優しさや、他人への思いやりに気づかずに過ごしてしまいます。
そしてそれは多分、自分だけの幸せに夢中なときも同じです。

これまでどれだけのことを見逃してきたのだろうと、窓の外の季節の移ろいを眺める日々です。

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