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ハンナ・アーレントの思想

アーレントはあらゆる政治活動を全体主義につながるとして批判する。しかし、それを保守主義として批判するには、彼女の思想は奥が深すぎる。 彼女が見つめていたのは、ナチズムによる暴力的隔離の経験の中であたかも存在しないかのように生きることを余儀なくされている人々、「他者」の存在を欠いている人々であった。

このような人々は今日でもおびただしく存在する。他者による応答の可能性を喪失した生を、彼女は「見捨てられた境遇」と呼ぶ。この境遇に置かれた人々(例えば、途上国の女性や障がい者)に対して、我々があなたの席はここにありますと呼びかけても、言葉は届かない。

暗黙の裡に人々に及ぼされた排斥の力は、心の中に内面化して、自ら語ることはできない。見捨てられた者たちの問題とは、「私的」(private)に生きなくてはならないということ。他者の存在を欠いているということは、自らの存在意義を自分で疑うこと。自らのリアリティに疑いを抱き、それは余計者であるという感覚を抱かせる。 役に立つかどうかという功利主義的な尺度で測るかぎり、この世界は「余計者」であふれている。有用か無用か、有能か無能か、人間を測るこの判断基準は、生きるに値するかどうかという尺度と紙一重である。

欧米社会がその冷酷さにはさすがに耐えがたく、どこかでその基準を緩めても、その無用な者たちは「恩恵」としての生存が与えられるだけ(例えば援助)。少なくともそれは、人間の自由(the right to action/ the right to opinion )のための場所ではない。

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