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第8回 鳥光桃代 「Wrong Place, Wrong Time」

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居るとマズい場所に、居るとマズいタイミングで居るとは、このことだ。NYのブルックリンでこれを書いている。今や私の住むNY州だけで、感染者数はアメリカ以外の他の何処の国よりも多い。4月13日の午前11時現在、感染者数195,655人、死亡者数10,056人、911ワールドトレードセンターでの犠牲者数 のほぼ4倍に近い。合衆国全体ではなくてNY州の数値である。
数日前に州知事が、『これは私たちが今までに経験したことのない戦争である』と、言った。

最初は、地球規模での人の移動で、全人類がこのパンデミックに直面しているのだ、と思っていた。高齢者以外に感染するとリスクが高いと言われているのは心血管系のほか、糖尿病や、喘息など呼吸器系の持病がある人たちである。NYの場合、遺伝的体質ではなく糖尿病を患ったり喘息を患ったりする確率が高いのは低所得層である。比較的低コストで満腹感を得られる食べ物は、肥満や糖尿病に直結するものが多いし、比較的家賃が安い居住区は工業地帯に隣接し、喘息の症状がある人の割合が高い。ニュース番組の顔でもある州知事の弟が、感染して自主隔離している自宅地下室からのTV中継を見てふと思った。狭いアパートに大家族で住んでいる低所得層はもし家族の誰かが感染したら、彼のように家の中で隔離することは不可能である。今まで潜在的にわかっていても誰も言葉にしなかった格差がコロナウイルスによって顕在化してしまった。NYでアフリカ系、ヒスパニック系のアメリカ人の死亡率が高いのは人種的に体質が違うわけではない。

NYのソーシャル・ディスタンシング(ロックダウン)は始まってすでに3週間が経つ。全てがオンラインになり、買い出しに出かける人は2メートルの距離を開けて長い列に並ぶ。人懐っこく見知らぬ人と親しげに会話する、ありがちなニューヨーカーを全く見かけなくなった。外で知人に出くわしても、ハグをしない。最初の一週間はすべてのことを”New Reality”, 新しい現実、新しい日常、という言葉で片付けていたものの、皆、その言葉を使うことさえうんざりしている。コロナは私たちのコミュニケーションの形や日常を変えてしまった。身体的に距離を取る一方で、地球の反対側に引っ越した友人も地下鉄で二駅の友人も、同じ距離になった。

アーティストは、一日中一人きりで制作することに慣れているので、精神的に大した影響を受けない、と思っていたのに何かが違う。こうしている間にも同じニューヨークで人が亡くなり続けているのを知っているからだ。

私がアートを教えるNY大学も、オンラインに移行して一ヶ月近く経つ。学生は母国や実家に、バラバラなタイムゾーンに散ってしまった。Zoomで行う授業は録画し、時差や隔離のせいで出席が難しい生徒が後日に閲覧できる仕組みだ。美術教育は、ヤカンの水を注ぎ込むように脳みそに知識を注ぎ込むやり方はできない。目の前でデモンストレーションすることも、同じ空間で制作することも不可能である。が、学生の物の見方、考え方を刺激することはできる。3Dで実際に医療従事者用のシールドやマスク、人工呼吸器の弁をデザインし、ファイルを無償で共有することによって世界中どこにいても、個人や団体が手元の3Dプリンターで医療に貢献することができるムーブメントを紹介した。
パフューム形式の免疫ブースターの3Dモデル(ドラえもんか?あったらいいけど在り得ないので笑わせてくれる)、とか組み立て式医療用ベッドのCNC用ファイル(実用できるかも?)、とか、彼らの発想は頼もしい。しばらくは、ソーシャル・ディスタンシングのままアートが何をできるのか、スクリーン越しの彼らと一緒に考えていこうと思う。

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鳥光桃代(とりみつももよ)                        東京生まれ。マルチ・ディシプリナリー・アーティスト。1996年 ACCの助成にてNYのPS1インターナショナル・スタジオ・プラグラムに参加、以来NYを拠点に制作活動を続ける。主に企業文化、資本主義における日常、メディアに潜む偽善的なイメージをテーマに、ユーモアや皮肉を込めた作風で表現する。
昨年日本で物議を醸し出したウィーンでの展覧会、「ジャパン・アンリミテッド」に参加。

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