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第12回 佐藤史治+原口寛子 「コロナビールを飲みながら」

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小学生から中学生の頃の記憶を遡ると、不和な家庭と居心地の悪い学校のことを思い出す。ちょうど、1995年の震災から新しい世紀を迎えた頃だ。それでも酷く辛い記憶になっていないのは、少しの友人と、覚えたてのインターネットと、絵を描くことや本を読むことが好きだったからだ、と今は思う。新型コロナウイルスが20年早く流行していたら、どうなっていたのだろう。世紀末がもっと濃くなっていたのだろうか。

思い返すと悲しいかな、つまり当時の僕はすでにソーシャル・ディスタンスを実践していた。今はそれを実践するために、職場の文化施設の閉館対応に追われ、在宅勤務をしている。自宅のアートスペースではウィンドウギャラリーを始めた。アーティストとしての展示予定は、ほとんど停止している。

こうした時期だからこそ、今までの仕組みを見直して新しい発明を、という声がそれぞれ聞こえ、僕自身も加担し、少し考え、その一部が試されていく。とりあえず記録映像の公開。テレビ的、ラジオ的、電話的、手紙的試み。インターネットならではのもの。遠隔でのコミュニケーションを可能にするこれまでの発明をひとつひとつリストアップしていく。正直なところ、コロナウイルスと不誠実な政治家のニュースも相まって、少しうんざりしてきた。ここにもコロナ疲れが!

しかし、驚くべき速さで在宅勤務が整備されたように、これまでのやり方や蓄積を見直し、手放し、別の仕方を考えさせる現在の状況を受け入れたい。繰り返されてきたウイルスの驚異を思い出し、共生してきたことを学ぶ。集会の自由が奪われた。時間は戻らない。これからの生活で変わることはなんだろう。

自粛自粛自粛。居場所がなくなった人。学徒動員のような医療現場。忘れずに覚えておく。周りや自分のことをよく見てよく聞いて、よく考え、想像する。美術の基本だ。それから少しの友人と喋り、インターネットを楽しみ、制作や読書に励む。僕はすでにソーシャル・ディスタンスを経験していた。それは酷く辛い記憶ではなかった。さて。

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都内の劇場に勤め始めてちょうど2年になる。経理担当なので直接作品の制作に関わることはないが、2月下旬から現在(4月中旬)までの約2ヶ月、作品の幕が上がらない/上げられなくなった場面を、何度も目にすることになった。舞台芸術は関わるスタッフ数が多く、かつ拘束時間も長い。劇作家のシライケイタさんのエッセイ(*)にもあるように、簡単に延期という措置をとることができない現実がある。2年前まで劇場にほとんど足を運んだことが無かった私にとって、まさか職場にて「公演中止」という言葉の背にある感情や、やるせなさに触れることになるとは思ってもみなかった。

職場で次々と公演中止の決定がアナウンスされる最中、美術展覧会も次々と中止・延期が発表され、多くの美術館が閉館している。私たちが参加予定の展覧会についても例外ではなく、現在制作や準備は停止している。佐藤史治+原口寛子は2011年の夏に活動をスタートしたアーティスト・デュオであり、2人で制作することや、同じ空間にいることをテーマとした作品を制作している。そこで、目下話題の「Social Distance(社会的距離)」は、私たちにとって「他者」という活動上のキーワードを再考させる言葉であり、2人でパフォーマンスをし、ビデオで記録し、加工し、展示する、といった制作プロセスを振り返る機会にもなっている。この数日、私の頭のなかにあるのは、「(これからの)作品のパフォーマンスは、いかなる他者との共同を想定した振る舞いになるのか?」という問いだ。約9年間共に制作をしてきた佐藤と、それから見知らぬ人と、それぞれ私が感じるパーソナルスペースはもちろん異なる。では、「Social Distance」は? 最中である現在と、ポストコロナにおける私と他者との距離は? パフォーマンスのなかの「他者」は「隣人」と同義? そんなことを考えながら、風呂場でマスクをひっそり洗っている。

*シライケイタ「新型コロナで公演中止、その決断に至るまで 小劇団のリアル、その後」
論座 2020年4月8日
https://webronza.asahi.com/culture/articles/2020040700003.html


佐藤史治+原口寛子(さとうふみはる+はらぐちひろこ)
2011年に結成した2人組のアーティスト・デュオ。対話のはじまりである「2人」の間から生じる対立やその解消、協調に関心を持ち、作品を制作している。場所に触発された遊びや、好奇心による行為の共同作業、すでにある撮影技法や編集方法のチープな転用や応用などをもとにした映像インスタレーション作品をおもに発表。
http://satouharaguchi.tumblr.com

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