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第7回 土谷享 「Self-distance」(2)

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 19歳の頃、「生活者と芸術家は違うんだよ。」と最も尊敬する彫刻家に言われた事がある。あれから24年経つが、その言葉を理解はするが、今は支持しない。実際にこれまではそうだったのだろう。しかし今は、これからは、どうだろう。「生活者であり芸術家である」という事も可能ではないだろうか。1人の人間なのだからその2つの価値観が同居したって良いだろう。
 先週、私の住む地区の自治会の活動の1つ”道作り”があった。手をかけないと自然のチカラに飲み込まれてしまう古い道を守るための保全作業のことだ。400年前に関ヶ原の合戦に敗れた彼らの祖先が一族でこの地に移住し、その時に岐阜から持ってきた御神体が祀られているという裏山の神社へ続くもう一つの道を維持するために、彼らの記憶を辿りながら、草や木を切り開きながら山の中を進む。山の中では珍しい花に出会い、竹の使い方を教えてもらい、木の種類を教えてもらい、獣と出会い、フィジカルなネットサーフィンをしているようなフロー感覚を覚える。実は合理的では無さそうなこの様な作業から、生活者としては学ぶことは沢山ある。

  3月の最後の日には、近所の茶農家さんに誘われて、猪を解体することに立ち会った。家で外出自粛中の子どもたちも誘ってみると、飛び跳ねながら「行きたい!」と即答だったので連れて行った。その時のFacebookにはこう記した。

〈現場に着くと、既に仕留められて茶畑から下ろされていた80キロはある大きな雄の猪が横たわっていた。その大きな牙や顔は人気アニメに登場しそうな風貌で子供らは大興奮。その目の前で手際よく頭が外され、胴体は作業机に運ばれていく。テキパキと睾丸が外され、腹が裂かれ、辺りに湯気が上がる。現れた内臓はとても美しい。膀胱や腸が風船の様にプッと膨らんでいる。それらに触れながらひとつひとつの臓器の名前を教えてもらう。つるつるしたそれらはとても暖かく柔らかい。臓物を全て外し、肋骨を切り、心臓を外す。ハート型をしたそれは、外した直後から少しずつ冷たくなり硬くなっていく。子供らはそれを掴み太い血管から指を入れながら血を真水で洗い流す。
 全ての臓器が外され、次は皮を剥ぐ作業。ここまで大きく成長したオス猪の皮膚はまるで鎧の様で、とても弾力がありつつ硬く分厚い。そして重い。子供らも、脂肪と筋膜の間を刃物の歯を滑らすように皮を剥ぐ作業に夢中になった。
〜中略〜
 猪をみた時に初めは獣臭さもあり、死んだ動物として距離をとっていた感じがするけれど、普段から一緒に料理をする事が多く、魚を捌く時もよく見ているので、解体の途中からは、子供らは目の前の塊を元動物で今は食べ物と認識し始め、ここの部位が美味しそうとかここは綺麗とか、そんな事を話しながら積極的な作業になった。そして、我が家では普段から猪はよく食べるけれども、子供らは今日の猪は今までの猪で一番美味しかったようだ。僕もそう思った。そして自分で素材を触れているから、あの部分の肉はこうして食べようとか、ああして料理したらどうかなぁとか、イメージも膨らむ。〉

 翌朝、朝食を食べながら子供から難しい質問が来た。資源を独占したほうが効率が良いし、売れるのではないかという話だった。

「もしも自分だけで独り占めしたらどう?」
「泥棒とかに狙われるのが怖い。」
「怖かったらどうする?」
「まもるための方法を何か考える。」
「もし狙っている人と遭遇したら?」
「戦うかも。」
「例えばそれが、こうたろうではなくて国という単位の出来事だったら?」
「戦争だね。」
「そうだね、独り占めする仕組みを考えたことによって争いが起こる原因にもなるね。でもそれが、猪の肉の様に長く保管しておけないものだったら?」
「近くの欲しい人に早めに分ける。」
「実はそれも経済なんだよ。」
「でもお金を使ってないけど?」
「お金で交換するだけが経済ではなくて、お金よりも昔から皆が行っている経済活動って色々あるんだよ。その違いは何?」
「物々交換とか、貯めておけるか貯めておけないかとか?」
「そうだね。」

 そろそろ日が傾いてきた。冷めたタンザニアコーヒーを口にすると、風を冷たく感じるようになった。そういえば友人アーティストに勧められ、航空会社のフライトマイルを数年かけて貯めていた。貧乏フリーランスのせめてものボーナスの様なつもりで、貯まったら家族4人でヨーロッパ旅行を考えていた。あと少しで4人分のマイルが貯まるのだが、グローバル経済の停滞のために航空会社の経営の先行きも不透明だ。コロナ以降に従来どおりマイル旅行が出来るのだろうか。マイルの特典旅行が無くならないように裏山の神社に祈ってみるのはナンセンスかもしれないが、もしマイルが無事だったらタンザニアに行くのも良いな。小さなマグカップの底に溜まる不透明な液体に映り込んだ小さな自分を見つめると、眉間が強張っていた。

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土谷享(美術家、KOSUGE1-16代表)                   2001年より土谷享と車田智志乃の美術家ユニットとして活動を開始。現在はこれまでの活動コンセプトを引継ぎ、土谷が代表として活動している。KOSUGE1-16の活動は、ある土地や人々の関係に内在されているハビトゥスの形骸化に注目し再起動させる試みを行っている。作品を通じて「もちつもたれつ」という関係をつくりだす。

HP : kosuge1-16.com


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