見出し画像

運と表現力とトリミングの話。

さて、師匠から明確な「ダメ出し」をされなくなり、イマイチなときは「うーん」で済むようになると、今度は「運がない」と言われるようになりました。

まあ、確かに運がいいとは言えないかも……と思う反面、「運がいい(ように傍から見える)方々」というのは、お話をうかがってみると、たいてい ①努力の総量が桁違いに大きい ②努力する方向の選択にセンスがある のどちらかまたは両方で、うらやましいことはあっても納得できないケースはない。

なにしろ、この業界は、ほぼ確実に儲からないかつ狭き門の仕事を、好きだからという理由で続けている人たちの集まりですしね……。

裏を返せば、「出版翻訳学習を長年続けてこられたこと」自体が、とても運がいいことだとも言えます。わたしの場合は夫の協力のおかげですが、諸事情により、さすがに永遠に甘えてもいられない……と真剣に撤退を視野にいれはじめたのが、2016年の秋のことでした。

とはいえ、そのときに真っ先に思ったことは、「下訳を開始して丸10年になる2018年末までは続けたい」だったのですが。この期に及んでまだやりたいのか……と自分でもちょっと呆れましたけれども。

その理由は、ひとつは、10年やってもダメなら、それも実力だと諦められるんじゃないかと思ったこと。次の何かに移るなら、未練はできるだけ残したくなかった。もうひとつは、10年続けたなら、それまで何をやっても中途半端だったわたしでも、「何かをやりました(がダメでした)」と胸を張って言えるんじゃないかと思ったこと。


まあ、そういうわけで、自分に2年間の猶予を与えることは即決しました。それから、先々後悔しないために、最後に何をやっておいたらいいだろう?と考えるようになりました。

当時は、先生に師事して丸8年が過ぎ、9年目に突入していました。山は近づけば近づくほど大きく見えると言いますが、長く師事すればするほど、最初に考えていた以上に、師匠のことをすごい翻訳者だと思うようになりました。すごさが理解できるようになったということかもしれませんね。そんな人のもとで長年学べたことはやっぱり幸運だと言えるし、撤退せざるをえないのなら、せめて学べることはすべて学んだ!と思えるようになってからにしたい。


ちなみに修業を始めたばかりの頃は、表現力に注目することが多かったです。真似したいと思って、フレーズをメモしたりして。ただ、続けていくうちに、表現力というのは、ほかの誰かから盗めるものではないのではないか?と思うようになりました(あくまで個人の見解です!)。

そんなふうに思ったのは、デイヴィッド・ベニオフ著の『99999(ナインズ)』という短編集で、クリスタルのように硬質で透明な文体に遭遇し、「うわ、これはわたしにはムリムリムリ!」と思ったのが最初だったかもしれません。

もちろん、すばらしい文章をたくさん読んだり、それこそ気に入ったフレーズを書き留めたりして、自分の表現力を育てるための土壌を作ることはできると思います。ただわたしの場合、それ以降、先生の表現を真似しようという発想はどこかに消えてしまいました。


では、最後に学んでおくべきこと、わたしがやり残したことは何なのか? 翌2017年の春、幸運にも、それが見つかりました。

きっかけは、ダニエル・コール著の『人形は指をさす』の下訳の出来が悪かったことでした。先生には例によって「うーん」と言われただけでしたが、それでも、わたしは「派手に大風呂敷を広げて(畳み方には難があったとしても)ワクワクさせてくれた」この小説が大好きだったので、自分で自分が許せませんでした。

そのとき、自分の中に「あとで先生が〝トリミング〟してくれるからいいや」という甘えがあるのではないか?と気づいたのです。


前回視点の話をしたときに、「いいときも悪いときも訂正される文字数は変わらない」と書きましたが、それはこの〝トリミング〟によるものです。

わたしは常々、先生が下訳に手を入れて上訳を完成させる作業を「植木職人さんみたい」と思っていました。

下訳が「よくできてた」と先生が言うときは、「木の幹や枝の部分(視点もここに含まれます)に手を入れる必要がほとんどなく、葉っぱだけちょきちょきカットするだけで済んだ」という意味だと、個人的に解釈しています。わたしはその「ちょきちょきする作業」を勝手に〝トリミング〟と呼んでいます。


表現力はセンスによるところが大きいけれど、トリミングは職人技、盗める技術なのでは? 本気で翻訳者としてひとり立ちしたいのなら、それこそが上訳者に必要な技術であり、最後に師匠から学んでおくべきことなのでは?

そうピカーンと閃いたわたしが、具体的にどんなことをしたのか? それはまた次の機会に。


※画像は、フリー画像素材サイトPixabayさんから Ron Porterさんの写真をお借りしました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?