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本を読む仕事

翻訳者(とくに新人の翻訳者や翻訳志望者)には、原書を読んであらすじをレジュメにまとめる〝リーディング〟という大切なお仕事があります。

2週間程度で、1冊の原書を読み、5~7ページのレジュメを作成する

というのが標準的な感じでしょうか?

レジュメには、登場人物、あらすじ、感想、原書や著者の情報、レビューやランキングの紹介、類書などを書き込みます。

版元さんは原書そのものを評価するために依頼してくださるのだと思いますが、わたしは「翻訳者としてのある種のオーディションも兼ねている」というつもりで、毎回それこそ必死にやっています。そして、よほどのことがないかぎり、依頼を断ることはしていません。

先日、自分で書いたレジュメの数が70本を超えました。2008年にロマンスのリーディングから始めて、最多が2018年の15冊。年末年始から8カ月あまりでその冊数。自分でもよくやり通せたなぁ…としみじみ。その超ハードな時期を経て、ようやく、たまご🥚の殻が取れたかなと思えるようになりました。


そんなわけで、今日はリーディングについて、いくつか心がけているポイントを書いてみようと思います。

リーディングに関してはずっと試行錯誤してますし、功を焦るあまり迷走したこともしばしば。いろいろ思い出すと恥ずかしくて穴から出てこられなくなる……。

個人的に一番お世話になったのは、同門の翻訳者、中里京子さんです。中里さんはゼミのなかでも「レジュメをまとめるのがうまい」と評判でしたから、迷ったときには質問したり相談したり。そのたびに、ほんとうに親切に惜しみなくいろいろ教えてくれました。

中里さんからいただいた優しさを、ほんの少しでもみなさんにおすそ分けできれば……と思って、この記事を書いています。

ちなみにこれは、単なる「書き方」の話です。これが正解というわけではもちろんなく、ひとつの例として読んでいただければ……。


なお、以前は「リーディングをした人に翻訳を依頼する」のが通例だったそうですが、出版点数が絞られるようになってからは、かならずしもそうではないみたいですし、そもそも企画が通ること自体がほとんどないという厳しい現実となっています。

よく考えてみたら、わたし自身、自分でリーディングした作品を自分で翻訳したのは、『アートシンキング  未知の領域が生まれるビジネス思考術 』だけです。70分の1ですね……。この本もちょっと特殊な経緯で生まれた本ですし。ほかに、他社さんから出版された本などは数冊あります。下訳や共訳作品のレジュメも書いていますが、それは出版がほぼ決定したあとで依頼された分でした。


前置きが長くなりましたが、それでは本題にはいりましょう。


①時間配分の「個人的黄金比」を見つける

最初の頃はレジュメを完成させるのに10日くらいかかりました。2週間の期限で10日もかかるとなると、とにかくなんとか早く仕上げようと必死になるんですよね。間に合うかどうか心配だから。

でも、わたしの場合は「急がば回れ」戦略が有効とわかりました。現在は「5日かけて読んで、3日で書く」というペースに落ち着いてます。時間がないときには「4日で読んで、2日で書く」場合もありますが、とにかく「読む:書く ≒ 2:1」がわたしの黄金比です。

これはわたしの英語力不足のせいもあるんだろうと思います。内容を読み込むのに時間がかかるんですね。じっくり読んだほうが、結局のところ速く書けるし、何度も読み返す必要もなくなる。もちろん、逆のパターンが有効な方もいらっしゃるかと思います。

この黄金比の問題点は、締め切り3日前なのに、まだ一行も書いてないという事態が起こりうることです。心臓にめちゃくちゃ悪い。毎回あらすじの下書きを仕上げるまでは心配でたまりません😢


②強力な助っ人の力を借りる

とにかく、いろんなやり方を試しました。まず通読してから、次に日本語でメモを取りながら再読するとか。テキストに原文の重要ワードをコピペしながら読んで、そのテキストを元にあらすじをまとめるとか。

最終的には、紙の原稿に手書きでメモを書き込みながら読むのが一番やりやすいとわかりました。でも、それにはPDF原稿を印刷するという手間が生じる。お願いすれば、快くコピー原稿を送ってくださるのですが、そうすると貴重な丸一日が消えてしまう…。

そんなとき、思い切って購入したのが、これです。

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調べたら、2018年に購入してました。やっぱり大変すぎて耐えられなかったんでしょう。

絵師さんが使うような大型のiPad 、書き込みのできるアップルペンシル、そして翻訳仲間に教えてもらったアプリ、GoodNotes。

この三点セットのおかげで、原稿を印刷する手間も時間も節約でき、環境にも老眼にもやさしく、リーディングのストレスが激減しました。高かった😿ですが、買ってよかった買い物のひとつです。

GoodNotesに原稿を読み込んだら、蛍光ペンでラインを引きながら読んでいきます。日付や時間、人名、人物情報(年齢や身長や髪の色など)、地名、固有名詞、あらすじ的に重要なところ──などの色分けを事前に決めておきます。また、内容をまとめたいと思った箇所はペン機能で書き込みます。あらすじは、この書き込みや蛍光ラインを引いた箇所を見ながら作成します。

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上の写真は最近のサンプル。字が超汚くてすみません。でもいつもこんな感じです💦

あらすじに使えそうな箇所にチェックをいれながら、内容を読み込んでいく。「どういう形であらすじをまとめたらいいか、考えながら読む」という感じ。読み終わったときには、だいたい頭の中にプランができてます。そこはノンフィクションでもフィクションでも同じですね。後半になるにしたがって、感想が多くなり、それをもとに所感を書いたりします。


③毒舌は継続の力なり

さて、所感(感想)についてですが、これは最初の頃からひとつのジンクスがずっと続いています。

毒舌な感想のほうが、継続して依頼がくる。

ただし、当然、企画も通りにくくなります😅

実は、初めてロマンスのリーディングのお仕事をいただいたとき、自分が翻訳する可能性があることを知らなかったんです。ロマンスも読んだことがなくて、編集さんに薦められた著者(リンダ・ハワードとノーラ・ロバーツ)の本を読んでみたら、これが実におもしろかった! そのレベルのおもしろさを期待して原書を読んだので、当然、不満たらたらに。「ここまではいいんだけど!」とか「悪役がショボい!」とかボロクソに書いてました(笑)

結局、その編集さんが退職されてしまい、5、6冊リーディングしておしまいになったのですが、最後に「翻訳をお願いできなくてすみませんでした」とおっしゃってくださり、そのとき初めて、「あ、決まってたら翻訳できたのか……」と知りました。

以降、欲が出て迷走する時代が続きます(笑) 

やっぱり無欲って強いですね。ただ「毒舌の法則」に気づいてからは、「まずは編集さんの信頼を得るほうが先」と思うようになりました。結局のところ、甘い感想を書いたからって出版が決まるわけじゃないですしね。


ノンフィクションだと、わりとやりやすいんです。情報や知識を求めて読む本が多いですし、読者目線でお役立ち度を判断しやすい。自然と、感想もズバッと書きやすくなる。

それがフィクションになると、読んでいるうちに、ついつい著者にも物語にも感情移入してしまい、なかなか厳しい目を持つことが難しかった。そんなとき、これも偶然にも2018年のことですが、翻訳ミステリー南東京読書会に初参加したことが、大きな契機になりました。

課題書がエイドリアン・マッキンティ著『コールド・コールド・グラウンド』で、同門の翻訳者、武藤陽生さんゲスト参加の回だったので、知り合いがいるなら……と勇気を出して参加したところ、初めて「実際に翻訳ミステリーを購入し、最後まで読み、読書会にまで足を運んでくださる方々」の感想やお話をじかに聞く機会を得ました。

いや~圧倒されました。同じ読者としては尊敬の念しかなく、翻訳者の端くれとしてはとてもありがたく思いました。それに「本が好きだ」っていう想いがあふれている空間は、すごく居心地がよかった。「何かが好きだ」っていう気持ちって、対象がなんであっても、ほんとに素敵だなっていつも思います。

どんな本なら売れるのかということは、それまでもずっと自分なりに考えていました。もっと読者の裾野を広げるにはどうしたらいいのか、別の分野にいる読者をこちらに引っ張ってこられないだろうか、などなど。

ただ、わたし自身が業界の辺境をうろついていることもあって(実績もなんですが、この場合はとくに作品の好みとか読書歴的な意味で)、どうも外側の世界ばかりに目を向けることが多かったように思います。

でも、その読書会参加をきっかけに、大きく考えが変わりました。いちオタクとしての経験則───「コアなファンをないがしろにするメディアミックスは成功しない」───を応用するならば、「あの場に来てくださった方々におもしろいと思ってもらえない作品は成功しない」と考えるべきだと思いなおしたのです。

さらに輪を広げるためには、もちろんプラスアルファな要素も必要でしょうけれども、やっぱり、コアなファンを大切にしないジャンルに未来はない(はず!)


今は、小説のリーディングをして感想を書くとき、一番に考えることは「この作品を、あの場にいらしたみなさんに、直接薦めることができるか?」になりました。残念ながら、ほとんどの作品はその基準をクリアできません。わたしだってみなさんに「あの人、いつもつまんない本ばっかり薦める」とか思われたくないですからね😊 

そのおかげかどうかはわかりませんが、小説のリーディングのお仕事も以前より継続していただけることが増えてきました。企画が通ったことはまだありませんけれども。いつか、これならば!と思えた作品を訳せる日が来るといいなと思っています。

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