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毒花的読書体験とは?

ジェットコースターが、ゆっくりと動きはじめる。

カタカタカタカタカタカタ………

「まあ、そんなたいしたことないんじゃない? フツーだよ、フツー。よくあるやつだって。まえにこういうの乗ったことあるしさ」

カタカタカタカタカタカタ………

長い助走を経て、ひとつ目の頂上が近づくにつれ、そんな余裕の表情もちょっぴりこわばりはじめる。知らず知らずのうちに、手すりをつかむ手に力がこもる。

カタカタカタカタカタカタ………

ついにジェットコースターが頂点に達し、加速を始める。

「ギャーーーーーーーーー

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ーーーー……………………………あれ?」


「はい、ここでおしまいでーーす! ご乗車ありがとうございました!」



これです。

ルイース・ボイイエ・アブ・イェンナス著、『毒花を抱く女』を最後まで読んでくださったかたの感想は、これしかないのではないかと思います。

訳者としても同じ気持ちです😿😿😿


『毒花を抱く女』のエンディングを、わたくしはひそかに「加速直前寸止めプレイ」と呼んでおります。


もし『毒花を抱く女』で一句詠めと言われたら、迷わずこう詠みますとも。

伏線を 張るだけ張って 未回収      (回収したい訳者)


しかし、長らくこの業界の隅っこに生息し、業界事情に(だけは)精通している身としては、「寸止めキツイから(次巻も)出させてくれ!」と版元さんに直談判したところで、そうは問屋が卸さないキビシーーーイ事情があることは骨身に沁みてわかっているわけでして。

むしろ、こうなるかもしれないけれども、ひとまず初巻を出すだけ出してチャンスを与えてくれたことを、感謝すべきことなのかもしれません。

となると、やはり、ここは「正攻法」で堂々と突破するしかない!!

つまり、多くの読者さまに本書をお手に取っていただき、初版を売り切るしかない! わけです。

これもまた難攻不落の砦であることは重々承知していますが、寸止め悶絶中の訳者としては、今後もネバーギブアップの精神で、草の根運動を続けていく所存です。


というわけで、「もう1年経ったからいいよね? ぶっちゃけ訳書紹介❣❣」 にまいりますYO! 


①家族や友達との微妙な関係を絶妙に描く人間ドラマ


この作品は、世界的ベストセラー『ミレニアム』シリーズと似た題材を扱ってはおりますが、かの名作とは、またひと味ちがったタイプの作品ではないかと思っております。

先ほど、伏線を全然回収していないと書きましたが、この伏線というのは、いわゆる「謎解きの伏線」ではありません。波乱万丈、山あり谷あり人生ゲーム的驚天動地の展開を暗示する、きめこまかーーい「ヒント」があちこちに散りばめられているのです。

そんな作品の個性に合わせて、本書はハヤカワ・ミステリ文庫ではなく、「ハヤカワ文庫NV」という小説レーベルにいれていただいてます。このレーベルに決まったときはうれしかったです~💞 ミステリファンのみなさまにとっては、(第1作だけでは)推理のしがいのない作品だろうな……と危惧しておりましたので。

この物語は、ミステリーやサスペンスの要素もふんだんにあるのですが、ベースはひとりの人間の人生を丹念に追ってその生きざまを描く「大河ドラマ」なんですよね。「朝ドラ」とか「昼ドラ」と言い換えてもいい。なんなら「韓流ドラマ」もありかも?


自分と共通点の多い最愛の父親、自分とはあまり似ていないけれど大好きな母親と妹。ところが父親の死をきっかけに、そんな円満な家族に微妙な空気が流れはじめる。

文武両道で家庭環境にも恵まれた主人公。でも、小・中学校時代にクラスメイトから受けていたいじめ(もしや実体験では?と勘繰りたくなるほど、いかにも身近にありそうなリアルな描写!)が、彼女の人生に消せない影を落としている。高校に入学してからは、当のいじめっ子たちと、互いにまるで何もなかったようなふりをして、友情に見せかけた関係を続けてきた。でも心の底ではどうしても許すことができなくて……。

そんな人間関係の綾をこまやかに描写するところが、この作品の一番の魅力ではないかと思います。とくに、「女性」または「女性作家がお好きなかた」にオススメです!


②現実の記事を使っている


ジャーナリストでもある著者らしい試みとして、本書では「現実の新聞記事やウェブ記事」が効果的に使われています。正直、この記事を拾い読みするだけでもおもしろいです。

スウェーデンといえば、政治先進国のイメージ。高い税率ながらも、国民に信頼された政府が、クリーンかつ効果的に再分配を行なっている国。ところが、そんなスウェーデンにすら政治腐敗や人権侵害問題が今でもあるという衝撃。

たとえば個人的には、「受け入れ体制の整わない国に難民が押し寄せて混乱が生じると、子どもの人身売買の温床になる」という内容の記事が印象に残ってます。難民問題をそういう視点から見たことがなかったので、はっとさせられました。スウェーデンですらそうなら、ほかのEU諸国、アメリカとメキシコの国境でも、同じことが起こっている可能性はとても高いですよね。。。

問題を検証する記事がきちんと出されて、それを小説で取りあげる作家も(たくさん)いる。そういう土壌こそがスウェーデンの活力の源なのかもしれません。

こうした実在の記事は、「主人公サラのパパが集めていたもの」という小道具として物語に登場します。どれも一般向けに公表された、誰もが入手できる記事ばかり。でも、その記事の内容が、どうやらサラのまわりで起こる不可解な出来事と関連があるらしく……?

そしてその謎を解く鍵が、タイトルにもなっている「毒花」にあるようなのです。ううううううう、ドキドキしますね?


③英訳版がいい


これはほんとーーーにぶっちゃけもいいところなんですが、この作品、公式英訳版がいいんですよ。どなたが英訳されたのかは、お名前が出ていなかったのでわからないのですが。

『毒花を抱く女』は公式英訳版からの重訳になりますが、一応、読めもしないのにスウェーデン語版原書を3作分購入しました。第1作については、英訳版と比較しながらぐーぐる英訳で通読し、第2作、第3作については(第1作の記述に関わる)重要な部分だけ拾い読みしました。

そしたらですね……なんと原書では第1作の冒頭に、「えっ!? それ、ここに載せちゃうの!????」というネタバレ記述がありましてですね。それを見た瞬間、「英訳版よ、ありがとう!」と心のなかで喝采をあげました。

ラストの重要なシーンを冒頭にも置くというスタイルは、長編小説では王道ともいえる手法ですが、さすがにエンタメの冒頭でネタバレ全開はきつい。

(純)文学のベテラン作家である著者が、初めて挑戦したエンターテイメント小説ということもあって、英訳版には、外国人読者にもわかりやすいように、そしてエンタメ小説としておもしろくなるように、そぎ落とし編集した形跡が多々あります。こんなに分厚い本ですが……

IMG_9107 (編集済み)

……これでも、原書よりかなり削られているんです😅 たとえばパパの新聞の切り抜きも、もっともっとたくさん載っています。

そんな経緯もあり、(超個人的に)英訳版の2作目と3作目も読んでみた~い!とずっと思っています。残念なことに、英語圏では発売されていないので、やはり、次巻発売決定の朗報を待つしかありません!


─────と、まあ、好き勝手綴ってきましたが、雲をつかむようなことを言っているという自覚はあります、ハイ。

ただ、この作品を気に入ってくださるかたは、きっと日本に一定数おられるのではないかとも思うのですよね。。。。どういうわけか、そんな気がしてならないんです。一部の読者さまにとって、とても大切な作品となりうる…………そういう力を秘めた作品なのではないか、と。

どうかこの作品が、そんな〝運命の読者〟のみなさまのもとに1冊でも多く届きますように💖



最後までお読みいただき、ありがとうございました!

※画像は、フリー画像素材サイトPixabayさんから Patrocloさんの写真をお借りしました。

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