名探偵か、迷探偵か?
ハヤカワ・ポケットミステリ『名探偵の密室』が発売されてから、今日で2年になりました。早いですね! びっくり!
この作品は、英国の新人作家クリス・マクジョージ氏のデビュー作で、かつ大学のクリエイティブライティング科の卒業論文でもあります。そして私事ですが、初めてひとりで訳した小説であり、思い入れも思い出もたくさんある大事な作品です。
あらすじをひと言で言うなら、
自称“名探偵”が死体と容疑者5人と一緒に密室に監禁される話
でしょうか。わけのわからない黒幕から爆破予告までされて、危機一髪!というサスペンスです。
以前も書きましたが、大風呂敷をバサッと広げるお話は好きなので、この作品も個人的に好みです。
それから、とくに主人公の少年時代の回想がすごく良くってですね。終盤には、思わずウルッときてしまう場面もあります。
一読して、これは「読んでいるあいだに、いかに読者に楽しんでいただくか」を考えることが、訳者としての自分の使命だと思いました。何度も読み返して感動を味わうというよりは、その場で思い切り楽しむ絶叫マシン系の作品かな、と。そんなわけで、できるかぎり読者のストレスを減らすことを目標にして訳しました。
「読みやすさ」については、きっといろいろな考え方があるだろうと思います。
わたしはというと、個人的趣味により、日頃から「ライトノベルの読みやすさ」や「マンガやゲームのキャラクターメイキング手法」に興味を持っています。
ライトノベルはたくさん読んでいるわけではないのですが、何度も読み返すくらい好きな作品があって、どうしてこんなに読みやすいんだろうとアレコレ考えてみたりだとか(もちろん、第一にはストーリーがおもしろいからなんですが……)
マンガやゲームのキャラクターメイキングには、それこそわたしなんぞには考えも及ばない、さまざまな角度からのアプローチがあるのでしょうが、個人的に気になっていたのは、「『一人称×二人称の組み合わせ』と『特徴的な口調』をそれぞれの登場人物に割り振ることで、セリフだけで、誰がしゃべっているのか読者・ユーザーにわかるようにする」という手法です。ライトノベルにも使われているんじゃないかな?
ただ、これは文学色の濃い小説では敬遠される手法だろうと思います。「何を持ってリアリティと考えるか」という問題でも、いろんな意見がありそうですよね。あんなコテコテの型にハマったしゃべり方をする人が実在するか?──と言われたら、答はノーになる。
わたし自身はセリフに色をつけるのは好きなんですが、下訳では、いつもものの見事に全部削られてましたし😅 色のついた口調が苦手な読者もいらっしゃるだろうとも思いました。
ただ、この作品については
①ホテルの一室に男女6人が閉じ込められて、延々とセリフが続く戯曲のような場面が長いこと。
②小説内の設定でも、キャラの濃い人物が集められていること。
③著者も(たぶん)オタク、訳者もオタク、内容も脱出ゲームっぽいとくれば、そこに寄せてみてもいいのでは……?
という理由から、思い切ってそのふたつの手法を取り入れてみました。
具体的には、ホテルに監禁された6人の一人称を「僕」「俺」「私」「わたし」「あたし」「わたくし」と全部バラバラにして、「俺×敬語」「私×傲慢」「わたし×普通」「あたし×若者」「わたくし×大仰」といった口調の色づけをしました。
一番迷ったのは主人公の「迷探偵」で、初読時に「俺?」「私?」「僕?」とぐるぐる迷いながら読みました。ふだんは一人称即決派なので自分でも驚いたのですが、最後まで読んだら、迷った理由がわかりました。それでいろいろ考えたすえに「僕」に決めて、そのあと、ほかのキャラを決めたという感じです。
この手法は、ジェンダー問題をからめた視点で解釈されてしまうと、これまた困ってしまうのですが、オタク的発想では、別に男の子が「あたし」でも、女の子が「ボク」でも「わし」でもよく、「キャラクターごとにわかりやすく色分けされている」ことが重要なんですね。それによって、大勢の登場人物が出てきてもすぐに誰だかわかる。「~が言った」を読み飛ばすことができる。
また、硬派な描写が続いても、セリフの部分にわかりやすい弾みをつけることで、テンポよく読ませていく────そこがライトノベルの読みやすさのひとつの理由なんじゃないかな……と、勝手に想像しています。実際のところはわかりませんけれども。
今振り返ると、ほんとに思い切ったもんだなと冷や汗が出ますが、時間もあまりなかったし、「よし、跳ぼう!」という感じでした。もう一度訳すとしても、この作品に関しては、やっぱり同じ方法を採用するだろうと思います。
だから「読みやすかった」「ノベルスみたい」という感想を拝見したときにはものすごーーーーく嬉しかったです。ありがとうございました😿😿😿
著者オタク説の証拠。
『デスノート』も読んでましたし……
頭がこんがらがりそうな終盤がお好みなのかな?(わたしはLが好きです)
スーパーマリオメーカー2も発売と同時にプレイしてましたし……。
クリス・マクジョージ氏は現在、『名探偵の密室』を含めた3冊の著書があり、今年の8月21日には4冊目『Half-Past Tomorrow』が発売されるそうです。日本でもまたご紹介できる日がくるといいな♪
個人的な苦い思い出としましては、たまたま、ほかのお仕事のスケジュールが、序盤と中盤にかぶってしまい、さらに(締め切りを延ばしてもらおうと思っていたら)発行日が1カ月前倒しになるという無理ゲー状態に、文字通り“ゲー“してしまったという……😿 結局、ゲラの段階で編集さまがたに多大なるご迷惑をおかけすることになりました。
あんな悔しい思いはもう二度としないと心に誓っております。
そんな波乱万丈な作品を、なんと年末のランキングでは
に選んでいただき、ほんとに感無量でした…。絶叫マシン系の作品を楽しんでくださる読者もたくさんいるとわかり、とても勇気づけられました。ほんとうにありがとうございました。
未読の方がいらっしゃいましたら、とくに脱出ゲーム好きの方はぜひ、よろしければお手に取ってみてくださいませ!
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