見出し画像

『体育教師を志す若者たちへ』 第6章    教材化と教育課程の編成


 3年生の水泳の学習カードの表と裏面です。左の表面の左端「学習計画」の欄の第2時以降の計画は単元開始前に全て自分で計画します。そして毎時間の授業後に「実施できたこと、反省と次回の課題」の欄を記入していきます。裏面の「学習のまとめ」は、単元が全て終了してから記入します。赤ペンは教師が記入しています。                            

 現在の中学校の学習指導要領では、1,2年生で各単元(スポーツ種目)を必修とし、3年生になるとスポーツ種目を個人で選択するようになっています。例えば水泳は1,2年生で全員が学習しますが、3年生になると「水泳か器械運動」というように個人で選択できます。これが生涯スポーツを志向した教育課程だとされていますが、水泳の苦手な生徒は3年生ではやらなくていいのです。特に水泳では1,2年生で見学が多かった生徒は苦手なまま卒業していくことになります。
 私は水泳、バレーボール、バスケットボールはそれぞれ3年間必修として、1,2年生で必要なことはほぼ教えてしまうようにし、3年目の必修では単元計画と毎時間の学習計画を全て生徒たちに立てさせて学習させてきました。上に示した水泳の学習カードがそれです。生徒たちは自分の苦手なことが克服できるように計画を立てていきます。その際、1,2年生で学習した資料を配付しておきます。このやり方の方が力がつくし、生涯スポーツにつながるのではないかと考えています。

 さて、『体育教師を志す若者たちへ』、今日は第6章「教材化と教育課程の編成」です。そろそろ終盤に近づいてきています。

第6章  教材化と教育課程の編成

◇「教材化」とは
 第3章で、「授業というものは追究に値するスポーツ・運動文化財がまずあり、そこから教育内容を導き出して、教材化していくべきものだ」と述べた。現存するスポーツや運動文化をそのままの形で生徒たちに教えるのではなく、学ぶべき教育内容を抽出し、それを生徒たちの実態に合わせて学びやすい形にしていくことを教材化という。
 教材化の過程を2段階で考えてみたい。第1段階は現存するスポーツ・運動のどんな特質を教育内容として取り上げ、学ばせていったらよいのかを決める段階。そして第2段階は、それをより生徒が楽しく、効果的に学びやすいように、生徒の実態に合わせて授業に使えるようにしていく段階である。
 家庭科の調理実習でカレーライスを作る例で考えてみよう。まずはカレーライスにはどんな歴史や文化、そして栄養価があるのかを明らかにして、現存する様々なカレーライスの中で授業で扱うべき価値あるカレーライスについて検討する。子どもたちが日々どんなカレーを食べていて、カレーライスに対してどんな興味関心をもっているのかを調査することも必要だ。そして授業で扱うカレーライスの種類や特徴を決め出す。これが教材化の第1段階。
 第2段階はそのカレーライスの良さ・価値を残したままで、材料は身近に手に入れやすいものとするとか、子どもの発達にあった栄養価が得られる材料配分にするなどを考える。そして小中学生でも簡単に作れる手順と授業展開を考えていく。これが第2段階になる。こうした教材化を第2章で示したバレーボールの実践例で説明しよう。

◇バレーボールの教材化比較
 まずは教材化の第1段階。世の中には様々なバレーボールが存在する。私のバレーボールの指導では、「ボールを落とさず、はじいて、つないで相手コートへ返していくチームプレー」(これをAタイプとする)に価値を見いだして授業作りを進めた。三段攻撃の目的は強いスパイクを打って得点することにあると考えるよりも、自陣内で3段でつないでいくことにって、次はセッターへ送る、次はトスをあげる、次は打って返す、そしてそれらの各段階でミスがおきた時にどうカバーすればよいかということがチーム全体の合意として進められることを大事な目的として考えた。そのことでチームプレーが成立しやすくなり、達成感も得られることになる。その合意がなく得点することだけ考えて1回や2回で返していくと、スパイクを打とうと準備していたのにトスを上げてくれなかったとか、トスを上げたのに打つ準備をしていなかったということが往々にして起きてくる。初心者のバレーではそうした意思疎通の無さがミスにも繫がる。逆にその合意が出来ていて、次に起こる予定のプレーに対するカバーの準備もできていると、ミスがあっても「待ってました」とばかりにカバープレーで繋いでいけることになる。つまり自チームのミスを無くして返球していくためのチームプレーが中心的な学習内容になると考えた。これを教材化第一段階Aタイプとする。
 これに対して、バレーボールはネット型プレーなので、「チームで協力し合って相手コートへボールを落とし、相手チームのミスを誘って得点する攻防の楽しさ」が大事な学習内容と考えることもできる。これを教材化第1段階のBタイプとする。AもBもチームプレーではあるが、Bではチームの意識が相手コートの得点をしやすい空間に向くことになる。その攻撃を楽しむために、レシーブはキャッチやワンバウンドでもいいから、次のトスから得点につなげるためのスパイクやフェイントという連係プレーが大事に学習内容になる。
 Aでは、プレーヤーの意識が自チームのコート内のつなぎ方に向いており、「落とさず、はじいて返す」というやや難しいチーム課題があるからこそ協力、工夫しあうことで、達成感を得ることができる。Bでは、得点のために相手コートの空きスペースをどう攻略するかということに意識がに向いているので、その楽しさを大事にしていくなら、自チーム内での「落とさず、はじく」という課題は簡略化してもよいことになる。
 バレーボールという文化をどうとらえるか、そしてどちらのとらえかたが目の前の生徒たちの実態からみて必要な学習内容になるのかということを考えていく。その考え方の違いによってバレーボールの指導展開は大きく違ってくるし、そのための特別ルールもまた違ってくることになる。それを決めるのは教師の考え方にもよるし、生徒の実態にもよる。その実態の中には技能だけでなく、生徒たちの興味関心も含まれるし、意見を聞くことも必要だろう。これが教材化の第1段階。
 第2段階はその学習をより効果的に進めるためにはどんな課題をどんな順序で提示していくか、そしてそのための練習のあり方や人数、道具(教具)や特別ルールの設定などについて考えていく。そしてその学習の流れは教師が前もって計画しておくものの、生徒たちの学びの過程でも変化していく。Aの教材化は第2章で述べた私のやり方だが、後衛は1回で返さないという特別ルールは、後衛がレシーブしたボールは次に必ず自陣内で繋ぐことになるので意識がチーム内に向くことを狙ったものである。
 Bの第2段階の教材化を考えれば、強いスパイクの打ち方やフェイント攻撃、あるいは相手コートの空きスペースを狙った攻め方を考えることから授業に入っていく。強く、狙ったスペースへ落とすスパイクを誰もが打てるためには、ネットの高さもかなり低くする必要があるだろう。そして意図的に攻撃が組み立てやすいように、生徒の技能実態からレシーブはワンバウンドやキャッチ(ホールディング)などを許可する特別ルールも必要になってくる。
 チーム人数もBでは攻撃が組み立てやすい人数、あるいはよりたくさんの人が攻撃に参加して楽しめる人数を考える必要がある。Aで初心者に4人制のバレーを考えたのは、チーム内でパスをする際にその一瞬一瞬で、パスを出す人と受ける人が決まるが、それ以外でカバーにまわる人が2人は必要だと考えたからだ。攻防の楽しさを中心に考えたAならレシーブが容易なので3人制でもいいだろう。

◇授業研究の進め方、あり方
 第2章で述べたマット運動では、マット運動の特質を「克服」ととらえるか「表現」ととらえるかで学習展開が異なることを述べた。これが教材化の第1段階の議論になる。教材化の第2段階では、「克服」ととらえるなら克服しやすい種目やその練習段階(スモールステップ)が考えられるだろうし、「表現」ととらえるならばその表現を工夫できる大小の技が選択されていくだろう。
 この第1段階の教材化はとても重要であるにも関わらず、研究会などではあまり論議されないことが多い。特に研究授業になると、第1段階の教材化のことは授業者や当該校の方針であるからとか、あるいは学習指導要領で示されている既知のことだからとしてスルーされがちで、教材化の第2段階に関わる授業展開の仕方、およびそこでの教師の出方と子どもの様子に目が向けられていく。
 現場の教員が参加する研究会には、ある1時間の授業を参観してもらってその授業を足がかりに議論が進められる研究会と、単元を終えてからまとめられ実践レポートをもとに議論が進められる研究会がある。前者の研究会でも資料として単元計画や授業構想は示されるが、参観した授業をもとにして議論していくのでどうしても第2段階の教材化へと目が向きがちになる。一方後者の研究会では、単元全体の展開に視点が向けられるので教材化の第1段階の問題が議論しやすくなる。
 学校現場で公的に行われている授業研究会は前者が圧倒的に多く、先生方の中には研究会というのは研究授業をすればよいと考えている人が最近では増えてきた。その背景には、教える内容は国(学習指導要領)が決める。教師はそれをどう授業に展開していくかという教材化の第2段階について考えていけば良いといった考え方があるように思われる。教員の多忙化で、勤務時間外に実践レポートを持ち寄る自主的研究会に参加する教員が減少してきていることも影響している。 
 私は長い教員生活の中で後者の実践レポートによる研究会に積極的に参加し、レポート発表をたくさんしてきた。本書に書いている授業実践例も全てこれまでにレポート発表して議論してきた内容だ。こうした研究会では教材化の第1段階を含めて体育の授業のあり方をトータルに議論することができる。更にその単元だけでなく、次の年はそれがどう発展していくのかといった教育課程(次節で説明)にまで及んで議論することもある。これからの若い先生方は是非実践レポートを書き、自分自身の体育授業についてトータルに議論していって欲しいと思う。全国には体育だけでもたくさんの民間教育研究団体がある。そうした研究会に手弁当で参加し、レポートを持っていって議論してもらうことが教師の力量を高める上では不可欠だと考えている。

◇教育課程の編成と修正
 同じバレーボールでもこのように教育内容をどうとらえるかによって教材化が変わってくる。こうした教育内容の決め出しが他の球技や陸上競技、器械運動、武道やダンスなど全ての種目について行われていくことになる。そして1年間でそれらをどう配列しどんな教育的効果を狙うのかが考えられていく。これを教育課程の編成という。様々な教材化された種目、教育内容を配列してみる過程で、逆にこんな子どもたちに育てたいからこんな教材・内容の種目を取り入れていくということも考えられる。目標←→内容←→教材の往還がなされて教育課程がより深化していく。
 具体的に見ていこう。私が中学1年生のバレーボールで、Aの内容で1対1のオーバーハンドパスから2対2、4対4へと発展させる教材化を考えた理由はもうひとつ別にあった。それは中学1年生の実態からきている。小学校高学年あたりから様々な運動で技能差が大きくなりつつあり、種目によっても得意不得意が顕著になってくる。男女の違いも意識し始める。小学校では主に学級担任が体育の授業も行っており、体育の苦手な担任の授業を受けてきた子どももいるだろう。こうした子どもたちが中学に入って最初に受ける体育の授業であるから、難しいと思われる運動(落とさず、はじいて、つなぐ)であっても、運動の仕組みが分かって教え合うことができればだれでも上手くなって運動が楽しめることをまずは学習させたいと考えた。私は学年毎に体育学習の内容に関わるテーマを設定してきたが、中学1年生のテーマを「スポーツ文化への目覚め、仕組みを調べ、分かってみんなができる」とした。バレーボールではほとんどの生徒が初めて体験する難しいスポーツだ。それでもオーバーハンドパスを大事にして1対1から2対2、そして4対4へと進めていくことで「落とさずはじく」バレーボールの技能や動きの仕組みが分かり、みんなが上手くなって楽しめるようになることが大事な学習内容になるとを考えた。
 ちなみに水泳では泳げない生徒が多く、1年生のテーマに合わせて、水中体重の測定から呼吸を大事にしたドル平泳法によって、みんなが水泳の原理を分かってできるようにしたのである。マット運動では側転の仕組みを調べてみんなができるようにする。こうして1年生で学ぶいくつかの運動種目は、運動の仕組みを調べて教え合うことでみんなができるような教材で統一していった。1年生の学習テーマに「スポーツ文化への目覚め」を付け加えたのは、その学習を進めていく上でそのスポーツの歴史や文化性にも視点を当てていくことで、これから中学校で学習していく様々なスポーツへの興味関心を高めたいというねらいもあった。
 こうした考え方をしていくと、今まで1年生で扱っていなかった運動種目についても、仕組みを調べて分かって教え合うとみんなができる喜びを体験できるような種目・教材が別に開発できるだろう。
 2年生では部活動で活躍する生徒も出てくるし、「みんながうまくなる」学習を進めつつも、技能差、男女差は一層拡大していくことが予想される。また学年が進んでクラス替えがあり、新しい仲間とまた仲良く学習させていきたい。そんな願いから2年生の学習テーマを「スポーツのあり方を考え、集団の中で生きる」とした。ここに最初に集団マットを位置づけた。そして「武道とは何か」の体育理論も含めて武道のあり方を学び、球技種目でのチームプレーのあり方、体力科学の学習では健康を考えたスポーツのあり方などを学んでいく。
 3年生では、「生涯スポーツへ向けて、計画・運営を自分たちの手で」とした。ここに体育理論としての「生涯スポーツ」の学習があり、1,2年生で体験してきた運動種目についてはできるだけ自分たちで単元計画から1時間の練習計画までを考えさせていくようにする。
 まとめると、教育課程の編成とは、まず入学してくる生徒の実態から卒業までに体育授業を通してつけさせたい力、目標が設定され、その目標を実現させる具体的な学習内容に関わる学習テーマを学年毎に設定する。そしてそのテーマ・内容に合った、教材化された運動種目を配列していくことになる。ここに心や体の発達状況も加味されてくることは当然で、学習指導要領も参考にしながらもより客観性のある、そして子どもや保護者地域の方たちも賛同してくれるような教育課程を編成していく。
 「学習指導要領を参考にしながら」としたのは、あくまでも教育課程を編成する視点は子どもたちの姿・育てたい姿にあるからだ。これに対して、まずは学習指導要領があり、それを忠実に実施することばかりに気を遣っている学校・教師が少なくない。学習指導要領は国の基準と言われるが、日本列島津々浦々どの学校、子どもたちにも着実にあてはまる基準など存在するはずがない。あくまで参考にしつつ、目は子どもたちや地域に向けていきたい。

 さて、次回は最終章の第7章「部活動と生徒会」です。これまで読んできていただき、ありがとうございます。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?