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今回の短編は、賃貸契約のメール対応をしていて思いついたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 11月も終わろうとしている。ぱっとしない木曜日の21時34分、一日の大半を小さなオフィスでパソコンに向かって過ごし、それから本屋に行って適当に文庫本を物色しながら、そもそも本なんて読んでいる場合でもないよな、と思う。 「思う」というより、ふと気がつくという感じだろうか。 西村京太郎の文庫本を二つ、三つ手にとってその本の重さと厚さから、読みきれず、汚れ、擦り切
今回の短編は、タイトル通りある日のランニングで思いついたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 初夏のよく晴れた日の夕方、はっきりとした目的なく、僕は低い山を登った。 登った山の名は知らない。 午後の5時くらいだったと思う。 外が涼しくなるのを待ってからTシャツと半パンの格好で、近所の山へ向かった。 日が落ちかける頃、空気が昼から夜の色に変わってくる時間を好んで僕はランニングに出かける。 その日も大学が終わってから特に予定もなかったので、走
今回の短編は、「ヒッチハイクしてみたいな...」と思いつつ書いたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ ながくヒッチハイクがしてみたかった。 「来週の休みはヒッチハイクに行こう」と何度おもったことだろう。 そして、ついに何十回目の、その思い付きを僕はようやく実行する。 ただ、その段に差し掛かるにつれて、次第にぞっとさせられるような気がした。 他人の車に乗り込んで、どこの誰だかわからない人に自分の目的地まで運んでもらう? 「まさか、そんなこと
今回の短編は、4~5歳のころの経験に基づいたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 子供のころ、絵がとても好きだった。描くのも好きだったし、絵本を見るのも好きだった。 通っていた保育園のウサギの絵を描いたり、人間の絵をよく描いて先生によく褒めてもらった記憶がある。 「人参を食す自画像」僕は何枚かそのような絵を描いた。きちんと白目を残した大きなネコ目の自分と、顔のそばに色とりどりに塗られた人参。 先生が特に褒めてくれたのは、黒く塗り潰した大きな点では
今回の短編は、就活経験に基づいたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 「ある特定の目の前にいない人のことを、何のきっかけもなく思い出すのは、なぜだろう」と僕は言った。 その人は「それ以上はやめとけや」と言って、たばこの火を僕の顔に向けた。 (1000度..)と僕は思った。 野蛮な側面はあるが、僕はその人のことが嫌いじゃない。終わりのない、つまらない問いかけに、我慢強く耳を傾けてくれる唯一無二の親友といったところだ。 (時間は貴重だ..)僕はその
今回の短編は、18歳の頃のボランティア経験に基づいたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 僕は老人ホームに何度か行ったことがある。例えば9歳の時、初めて広島に住んでいた祖父の老人ホームに行った。 母の故郷にあるその施設はその田舎町の風景で人目を引く外観をしており、無機質な白い壁のその建物は、緑の多い平和な町に何か不吉な風習を広める基地のように見えた。 今思えば、それは病院を連想する白塗りの建物への違和感と恐怖によるものだったのだろう。 端からお別れ
今回の短編は、ほんと短い大学生時代の経験を基に書いた恋バナです。 良ければ一読ください。 _____ 彼女に知ってほしいことがたくさんあった。そのためにずいぶん言葉を考えた。一つ一つのセンテンスが淀みなく流れ、音の響きで彼女をおびえさせないように、そしてなにより言葉に思いをのせ過ぎないように僕は話をした。 彼女と出会ったのは二十歳の年だった。 出会ってから、毎日一緒に時間を過ごすようになるまで二週間と掛からなかった。 彼女との時間を僕は軽やかに過ごしたかった。