見出し画像

🖍️🐰:オリジン


前回の投稿からまただいぶ日が経ってしまった。

実は何度か書こうとして、下書きのまま不完全燃焼になってる文字がいくつかある。
その時読んでた本の感想とか、その影響での気の昂りとか。
時間が経ってから見ると、どれもくだらなくて文字の無駄遣いみたいな文章に見える。でもなんか愛着があって消せないので、下書きとして残しておく。

私以外にも、そういう自分の庭だけでの『文化的雪かき』してる人いるよね?
(思えば日記もそれに当たる)


お絵描き中の苦悩


絵もそれに含まれると思う。

あてのない落書き。記憶を持たないイメージ。あまりにも稚拙で、なにひとつ意味なんてないような情景。

でも私は絵を描くのが好きです。好きというか、多分、結構縋り切ってしまっています。人生とか孤独の拠り所みたいな扱い。

でも好きでいるのも辛い時ってあるから、なんでこんな好きなのに(こんな描いてるのに)上手くなんないの。なんで世の中には絵が上手い人がこんなにたくさんいるの。なんで私はそういう人たちとは違うの…などなど

それで結局、少ない時間を割いて、酷い絵を描いてしまったり。

絵に限ったことじゃなくて、他の趣味も人間関係もそうだけど、丁寧さを少しでも欠くと、すぐに愛が失われてしまうので辛いです。

愛のない絵なんて、本当は描きたくないのに!


大好きFABER CASTELLさま



絵を描くのは好きだけど、でもそれは本当に手を動かして描いてる時の話で、それが完全に自分と切り離された時、本当に私は絵が好きなのか?と考えてしまう。

だってなんだかんだ使ってるのは100均の筆だし、色鉛筆の色の種類は足りてなくていつも描きたい色が出せないし、本当はデッサンとかしたいな勉強しなくちゃなんて思うけど、結局は時間もお金も十分に割いてるとは言えないし。

いや、趣味とか単純に好きなことについてそんな考え込んじゃだめだ。

誰にも何もお金を発生させてないんだから、これは労働でもなければ私はプロでもない。なので責任や面倒なことは一切発生しないはず。
ただ単に、気持ちが動くかどうか。

好きって、そういうことだと思う。


たまに読み返すと楽しい日記帳


それでも割り切れない時、なんかモヤモヤしちゃう時、人と比べちゃう時、好きな作品や絵を見返すようにしてる。


本格的に絵を趣味として描き始めたのは、高校三年生の時だった。

友達に偶然勧められた「僕のヒーローアカデミア」のアニメにどハマりし、続きが気になりすぎてすぐに本屋さんで単行本を買った。

漫画もアニメも、割と小さい時からずっと好きだ。少女漫画も少年漫画も、大人になってからはBLも読むし、料理とか生活の漫画とかエッセイも好き。

それでも、ヒロアカの漫画を初めて読んだ時、堀越先生のあの絵を見た時に走った衝撃は、きっと何ものにも変えられない。

なんかこう、走り出したくなるような。自分もなにかしなきゃ!(というか、したい!)こんな風に心が、考えが、生き方が変わる絵があるんだ!私も描きたい!

そう思って、絵や漫画を描くようになった。


電車の中で描いたガタガタも愛おしい?


今思い返すと、若気の至りすぎて、やばい。
その時描いた漫画を姉や友達に読んでもらってたのもやばいし(というか怖い)、あんなに上手い堀越先生の絵を見て絵を描こうと思ったのがそもそも無謀すぎる。

でもなんだかんだ、その痛くてやばい過去の自分のおかげで、人生の逃げ道が自分で見つけられるようになったんだから、なんだかんだ感謝すべきなのかも…?

大学に入ってからしばらく描かなくなったけど、気持ちが落ち込んだ時や、旅行記録や日記で絵を描くのが楽しかった。

今でもそれは変わらない。堀越先生は、ヒロアカは私の原点(オリジンと読みます!)。




この記事が参加している募集

#わたしの手帳術

1,801件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?