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【開催報告】 データ取引市場に関するグローバル・ワークショップ・シリーズ

世界経済フォーラムは、共通目的データ・イニシアチブ (Data for Common Purpose Initiative, DCPI) の一環として、2021年10月18日と11月18日の2回に渡って招待制ワークショップを開催しました。

日本を含む世界10カ国以上から、政府関係者、企業のトップマネジメント層、各領域の学識経験者や専門家など、産官学民の参加者がオンラインで集まり、データ取引市場に関する課題や機会について様々な角度から議論が交わされました。この記事では、その様子を紹介します。


データ流通を支える「媒介者(intermediary)」に必須のトラストとは?

2021年10月に開催されたワークショップ(第1回)の主たる目的は、データ取引市場の運営者にあたる「Data Marketplace Service Provider (DMSP)」の役割と責任を議論し、どのようにDMSPをスケールさせ、トラストを担保するか、参加者間で見解を共有することにありました。

DMSPについて、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターは、2021年8月に提言書を公表しており、今回の議論の土台となっています。


現在、データ流通を支える「媒介者 (intermediary) 」の役割と責任について、世界中で関心が高まっています。ITプラットフォーム企業による寡占への懸念などの観点から、競争法領域での執行・規制強化の動きが、米国や中国などでも目立つようになりました。

加えて、欧州委員会は、データ取引の信頼性 (Trust) を担保することを目指す「データガバナンス法案 (Data Governance Act) 」を2020年11月に、プラットフォーム事業者への規律により公平な競争環境の確立を目指す「デジタル・サービス法案 (Digital Services Act) 」「デジタル市場法案 (Digital Markets Act) 」の2法案を同年12月に、それぞれ発表しています。

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こうした現状を念頭に置きつつ、あるワークショップ参加者は「市民は自身のデータをコントロールできているとは感じておらず、データをどう利用するか判断してくれる代理機関もない」と述べました。また、別の参加者は、生じうるデジタル損害(プライバシー、排除、差別、同意の欠如)を管理・低減しつつ、共通目的に向けてデータ利活用を促進すべく、バランスをとる必要があるとコメントしました。

その達成に際しての最大の障壁となるのが、個人・組織・政府間のトラスト欠如だという指摘もありました。データ取引市場の実装を進める上で、体系的トラストの欠如が、引き続き大きな課題になっています。

そこで、ワークショップ参加者達は、市民のデータ利活用をより有効にするため、技術・政策・商業それぞれの側面を考慮したフレームワークを用いて、データ連携の体系的トラスト欠如に対応することが必要不可欠と結論づけました。そして、データ連携がデジタル環境での現状のギャップを埋める重要な要素となるとの認識のもと、その中核となるよう全ての利害関係者が守るべき設計三原則(three design principles)が提案されました。

データ取引市場設計三原則 (three design principles)
-トラスト
-市民のためのデザイン
-包摂的な評価指標の策定

最後に、参加者達は、トラストを高めつつ、公益のために共同利用された時にデータが生み出す価値をより効果的に測定・管理する新しいアプローチに焦点を当てたDCPIの活動を、引き続きサポートする点で合意し、第1回ワークショップは幕を閉じました。

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金融市場を参考に「データ版スチュワードシップ・コード」を創設?

参加者間で合意を得るには至りませんでしたが、第1回ワークショップのブレイクアウトセッションでは、他にも興味深い論点が多数提示されました。

例えば、各種データを、広告データのみ、決済データのみ、モビリティデータのみ、オープンデータのみなどに閉じず、適切な相互連携のもとに包括的に利用できる環境整備を行おうとするのは、新しい取組みであるため、信頼される媒介者など新しい機関が「データ・スチュワード」として必要となる可能性があるとのコメントもありました。

また、そうした包括的データ流通基盤のガバナンスについて、データ取引と証券取引との類似性に注目した議論も行われました。参加者からは「長期金融市場の一部の構想(売り手と買り手の増加による流動性の創出)は参考になる」とのコメントがありました。同時に、「データ取引の設計について、証券取引の枠組みを模倣するだけでは限界がある」との指摘もありました。

そこで、持続可能な価値を生み出す方法の枠組みの範囲を拡大する形でDCPIで検討すべきとの提案がされていました。

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他にも、「データやその利用権に関する取引だけでなく、データに基づくインサイトの取引も射程に含めるべき」との示唆がありました。生データへのアクセスを提供するだけでなく、生データから得られるインサイトを同時に流通させることで、データ共有によるリスクを最小限に抑えつつ、データから価値を引き出す実用的かつ効率的な手法になるとの提案です。

さらに、データやインサイトの取引は、直接的な価値 (売買当事者に生じる利益、金融機能) を生み出すことができますが、それだけでなく「間接的な」価値(コスト削減、効率向上、関係構築等)も生じます。それらを全て含めて議論すべきとの示唆もありました。

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さらなるデータ連携に向けて、ビジネス視点でのインセンティブ設計を

2021年11月に開催されたワークショップ(第2回)の主たる目的は、第1回の議論を踏まえ、データ連携やインサイト取引のインセンティブが民間に生じる条件や場面を明らかにすることになりました。

ある参加者は、データ取引の障壁は、民間企業に参加するインセンティブが現時点ではほとんどない点にあるとコメントしました。その上で「共通目的のためにデータを共有するよう、企業にインセンティブを与える現実的な方法を見つけることが必要」と強調しました。

議論の過程において、ビジネスにおけるデータ取引について、下記4つの課題についての言及もありました。

(1)どういうライセンスで自社データを他社に提供すべきか
(2)具体的にはどのようにデータを利用できるようにすべきか、つまり、どのような形式で、どのような交換手段を用いてデータを提供すべきか
(3)データの来歴(Data Lineage)を管理するためのデータガバナンスをどうすべきか
(4)セキュリティとプライバシーの問題をどうするか


また、参加者から「データを収集した理由の説明には、あまり時間・労力がかけられていない」と見落とされがちな論点の指摘がありました。企業が特定の目的のためにデータセットを作成することはよくありますが、元データセットのバイアスを避けながら、そのデータセットを別の文脈でも使用するためにはどのように再パッケージ化すれば良いかは、重要な課題になります。

こうした声に対して、別の参加者から、「What」「Who」「Why」を答えてもらっているという実践的な方法が示されました。つまり、(a)その企業はどんなデータを持っているか、(b)そのデータに興味を持つのは誰か(その企業を取り巻く環境)、(c)なぜそのデータに興味を持つか、どのようなユースケースが考えられるか、です。さらに、他の参加者からも、データ取引市場の実証実験プロジェクトにおける実践例が紹介され、マルチステークホルダーで議論を行い、その地域コミュニティにおける共通目的を明確化したというケースが披露されました。

こうした議論を通じて、データやインサイトの取引について、技術・政策・商業それぞれの観点から具体的なガバナンス構造を検討しながら、ユースケースを想定・特定することが、データを他者と共有することに課題を抱える民間のアクターをよりよく巻き込むために不可欠であると参加者は結論づけました。

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議論の成果を踏まえ、来春に白書公表予定

一連のワークショップでの議論の成果を踏まえ、私たちは来春に白書を発表することを目指しています。

白書では、データとインサイトの取引に関するガバナンスとビジネス視点でのインセンティブ設計に焦点を当てる予定です。また、データ取引市場の実践・実装に役立つものにすべく、ユースケースの紹介・分析にも力を入れたいと考えています。

特にユースケースに関して、ご支援ご協力いただける方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡いただければ幸いです。


企画・構成 世界経済フォーラム第四次産業革命センター(サンフランシスコ) 中西友昭(フェロー)、堀悟(フェロー)、同日本センター 工藤郁子(プロジェクト戦略責任者)
執筆 世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター 村川智哉(インターン)、郭弘一(インターン)

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