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データ取引市場のガバナンスに関する提言書、発行!

世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターのブリーフィングペーパーとして「Developing a Responsible and Well-designed Governance Structure for Data Marketplaces(データ取引市場に関する適切にデザインされた責任あるガバナンス体制の構築)」が8月3日に公開されました。今回は、その内容についてご紹介します。


データ取引市場の活性化に向けて

世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターは、2020年12月から、日本におけるデータ取引市場の活性化に向けて、産官学のエキスパートたちとの対話を開始し、政府に対し具体的な提案を行うべく議論を進めてきました。

今回公開されたブリーフィングペーパーは、このマルチステークホルダー対話について、現段階までの論点と見通しを整理し、議論の出発点を提供するものです。


データガバナンスの基盤「DMSP」とは?

データは、マーケティングだけでなく、パンデミックや災害への対応などにも不可欠な存在であることが改めて浮き彫りになりました。しかし、日々発生するデータは膨大である一方、実際に共有・利用されているデータ量は、非常に限られています。このような現状に対処するには、市場参加者のインセンティブを高めつつ、信頼性も確保できるデータ取引市場の新しいガバナンス体制が必須です。

そのガバナンス体制を構築する上で重要なプレイヤーとなるのが、データ取引市場を運営する事業者にあたる「Data Marketplace Service Provider(DMSP)」です。

DMSPは、データ利用者の需要とデータ提供者の供給をマッチングする仲介者として機能します。また、DMSPは「トラストアンカー」としての機能も担います。つまり、適切な規律の下で「信頼できる第三者」として行動することにより、データ取引市場の信頼性を向上させます。

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DMSPの役割と責任がデータ取引市場の要

2021年6月18日、日本政府初となる「包括的データ戦略」が閣議決定されました。この戦略文書において、世界経済フォーラムの取組みであるDCPIが引用されたことは以前ご紹介したとおりです。

「包括的データ戦略」では、データ流通の活性化とダイナミックな市場形成を実現するものとして「データ取引市場」を定義しています。

ここで想定されているデータ取引の仲介者としての運営事業者は、「公正・中立」で「信頼できる」必要があるでしょう。同戦略の策定に関与した政府関係者は、公正で中立的な信頼できる第三者機関を前提としたデータ取引市場の機能を検証するための概念実証の取組みを支持することを表明しています。

信頼と公益性の確保を通じてデータを安心して効率的に使える仕組みを構築するために、データ取引市場は重要です。本報告書に基づいて、今後世界経済フォーラムの取組みが行われ、データ取引市場の実現に寄与されることを期待しています --- 内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室 参事官 田邊光男氏

こうした方向性は、第四次産業革命日本センターが先の対話において議論してきたDMSPのガバナンス体制とまさに軌を一にするものであり、今後、日本政府においてもDMSPのガバナンスの重要性が政策課題として位置付けられることが期待されます。

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データ取引市場とは?

DMSPの具体的な役割と責任について説明する前に、改めてデータ取引市場の概念について簡単に説明したいと思います。

市場は、見知らぬ人同士の取引を促進します。取引には信頼が欠かせませんが、かといってよく知っている人としか取引をしないと、取引の機会が限られてしまいます。これを補うため、取引所は、ルールや執行メカニズム、透明性の高い手続きといった仕組みを確立することで、構造的な信頼性を確保します。

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これはデータ取引市場でも同じです。データ取引市場の参加者数が多いほど、需給マッチングを最適化させやすくなります。取引量が増えていくと、市場の価格発見機能が働き、中長期的には価格の安定化に繋がります。

一方で参加者が増えると信頼性や流動性リスクが高まる場合もあります。多くの参加により得られるメリットを持続的に享受するためにも、システムによる信頼の醸成が必要不可欠なのです。

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DMSPの主な役割と責任

今回発行されたブリーフィングペーパーでは、DMSPの重要な役割と責任として、以下の5つを挙げています。

a. 決済機能の提供
便利で安全な決済機能は取引の円滑化において欠かせません。 また、参加者の利便性とコストをバランスさせ、参加のインセンティブを向上させるために、決済にかかる取引コストの削減にも力を入れる必要があります。

b. 市場参加者の審査
DMSPは、取引市場に参加する売り手と買い手の参加資格を、恣意性を排した上で審査する必要があります。例えば、データの売り手がデータ提供者の同意を適切に得られるシステムを導入して、データを購入したか否かを評価する、などが考えられます。

c. データの質の確保
統一された語彙やフォーマット、データの品質評価基準の採用等によってデータの品質を担保することもDMSPの担う役割の一つとして期待されます。

d. 適正な開示
DMSPは、証券取引所の開示メカニズムを参考にしつつ、取引データの最終的な取引価格等を開示する必要があります。

e. 紛争解決手段の提供
取引の過程で発生する紛争に備え、DMSPは仲裁手段を提供すべきです。また、取引所のルールに違反した場合には、取引停止などの制裁を行うなど、DMSPは執行力を有することも考える必要があります。

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ガバナンス体制を構築するために何を考えればよいか?

DMSPがこうした役割と責任を果たすためには、どのようなガバナンス体制が必要でしょうか?この度執筆されたブリーフィングペーパーは、この問題を考える上での論点を提示しています。

誰が規制を行うか?
データ取引市場の規制において、どこまでをDMSPによる自主規制に委ね、どこまでを政府による監督の対象(情報開示規制や行為規制など)とするべきかという問題に取り組まなければなりません。DMSPが中立・公平な「トラストアンカー」として機能するために、最適なバランスを見つける必要があります。

データ取引市場は競合可能か?
また、独占禁止法との対応関係についても考えるべきです。例えば、複数のDMSPが競合することが認められるか、認められないのならば、なぜ認められないのか、また、競争が制限される場合、公共の利益を守るためにどのようなルールが必要かといった議論があります。

こうした問題に対処するために、証券市場の規制枠組み等を参考にしつつ、さらなる活発な議論が期待されます。

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データ取引市場の設計に関する現状の課題

DMSPの役割・責任の議論を超えて、データ取引市場全体の発展を促進するための検討課題として、以下のような点を挙げています。

a. 分野横断的市場 vs 分野別専門市場
データ取引所を幅広い産業分野のデータを扱う総合的な市場とするのか、それとも特定の分野(金融・エネルギーなど)に関連するデータを専門的に扱う市場とするのかという点は、さらなる検討が必要です。ただし、分野ごとの取引市場を選択した場合であっても、将来的な統合の可能性を考慮し、他の取引市場との相互運用性を確保する手段は考慮しておくべきです。

b. 市場参加者はプロ?それとも一般人?
データ取引市場の参加者を、中央銀行と金融機関の間で行われるコールマネー市場のように(初期は)プロに限定すべきか、それとも株式市場のように一般市民にも開放すべきかという点も検討事項です。プロ市場の場合、規制措置はより単純なものとなるでしょうが、参加者の多さから得られるメリットとのバランスを考える必要があります。

c. 取引の対象 データにアクセスする権利
データは無限にコピーや共有が可能です。そのため、排他性を前提とした従来の所有権とは根本的に性格を異にしています。そのため、取引所において取引されるものは、所有権ではなく、データへの「アクセス権」が想定されます。したがって、アクセス権をどのように定義し、その確保をどう実現するかが課題です。

具体的には、下記のような事項を議論する必要があります。

• 許可を得ていない第三者による不正使用の防止(例:権利証書の設計、暗号化技術の活用)
• 購入したアクセス権の第三者譲渡を可能にするか
• どのような条件で譲渡すべきか(例:もともとのデータ提供者が特定の目的のために権利を譲渡することを許可している場合)
• 譲渡が認められる場合、どのようなシステム(技術・法的枠組み等)が必要か。
• アクセス権の譲渡によって発生しうるデータ価値の希釈化をいかに防止するか

d. 価格形成
少なくとも取引市場の立ち上げ期においては、データの価格をいかに安定させるかについても議論が必要です。例えば、データの取引量が不足する場合には、ちょっとした取引で価格の乱高下が発生する恐れがあります。これに対して、上限価格・最低価格の導入や価格評価ガイドラインの策定などによって対処していく必要があるかもしれません。
また、取引データの価値が将来的に課税対象となる場合には、データ取引市場で支払われた価格が税務上妥当なものであったかどうかを監査するプロセスについても検討すべきでしょう。

e. 国境を越えたデータ移転
最後に、国境を越えてデータを取引する場合を想定し、データ取引市場間の相互運用性を確保するために原則を共有し、規制の調和を図ることが重要です。標準化プロセスへの各国の参加や官民連携を促すことが求められます。


ローマは一日にして成らず

以上で述べてきたようにデータ取引市場のインセンティブ設計と信頼の確立には長い道のりが必要です。そのためには、重要な課題・問題点を特定した上で、適切な解決策を決定するために徹底的に議論することから始めなければなりません。

今回紹介したブリーフィングペーパーは、議論すべき問題を特定し、政策立案者がデータ取引市場を設計するための出発点となるでしょう。DCPIでは、引き続きグローバルコミュニティと議論を深め、具体的なデータガバナンスモデルを検討し、政策立案者向けのツールキットを提供するべく検討を進めていきます。

最後になりましたが、ブリーフィングペーパー作成にあたり、ご助言ご協力いただいたエキスパートの皆さまに、厚く御礼申し上げます(ご所属組織を代表するものではなく、有志・個人としてのお立場でのご参加です。また、お名前の掲載をご辞退された方もいらっしゃいます)。

Acknowledgements(敬称略): 飯田陽一(OECDデジタル経済政策委員会)、落合孝文(渥美坂井法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士)、甲斐隆嗣(データ社会推進協議会)、鬼頭武嗣(Fintech協会)、小泉誠(経済産業省)、佐々木清隆(一橋大学大学院)、眞野浩(データ社会推進協議会)、三宅孝之(ドリームインキュベーター)、盛岡浩(内閣官房)、吉田英徳(SOMPOホールディングス)


企画・構成 世界経済フォーラム第四次産業革命センター(サンフランシスコ) 中西友昭(フェロー)、同日本センター 工藤郁子(プロジェクト戦略責任者)

執筆 世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター 松下雄飛(インターン)


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