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金魚

今回は6年前、町内会の盆踊り大会の会場で聞いたお話です。

その年の盆踊り大会は、会場となっていた小学校のグラウンドにナイター設備が完成したこともあり、そのお披露目も兼ねて、学区の3つの町内会合同で開催された大規模なものでした。
当時私は町内会の役員をしていたので、会場のテントの設営や、売店の販売に駆り出されることになったのです。

盆踊り大会の当日、私はスーパーボールすくいの夜店の担当になりました。
私のほかにも30代の若いお母さんが三人と、近所のTさんという私と同年代の女性がいっしょです。

次々にやってくる子どもたちの応対は若いお母さんたちにまかせて、私とTさんはテントの後ろに立ってその様子を見守っていました。
「わたし、ほんとはお祭りの露店ってあんまり好きやないんよね」
テントに吊るされた電球の仄暗い明かりのもと、嬉々としてスーパーボールすくいに興じる子どもたちの姿をみながら、Tさんはポツリとつぶやきました。
「えっ、どうして?」と聞き返した私に、Tさんはこんな話をしてくれました。

Tさんが4歳の夏、両親といっしょに近くのお寺の縁日に行ったのだそうです。
縁日自体は毎月開かれており、母親に連れられて昼間に行ったことがありましたが、7月と8月は両親と3人揃って、しかも夜に出かけるということで、Tさんにとっては特別に楽しい事だったと言います。

真新しい浴衣に着替えて、両親に手を引かれて歩く参道の両側には、明るいオレンジ色の電球に照らされた露店がずらりと並び、昼間とはまったく違った夢のような世界が広がっていました。

自分の顔よりも大きな綿あめを買ってもらい、ただそれだけ浮きうきとした気分になって、その別世界を歩いていたTさんでしたが、気づけば一軒の露店の前に立っていました。
それは金魚すくいの店でした。

覗いて見ると、大きな浅い水槽の中を無数の金魚が泳いでおり、それをすくいあげようとTさんよりも年上の子たちが数人群がっています。
そんな光景をしばらく見ていたTさんでしたが、ふと一匹の金魚が目に止まりました。

水槽の中ほど、泳ぎ回る赤い和金(わきん)の群れの中に、一匹の黒い出目金が悠然と漂うように浮かんでいるのです。
その姿を一目見て、Tさんの心の中には〈あれをわたしの弟にしよう。いや、あれは弟だ〉と確信にも似た直感が閃いたのだそうです。
ずっと一人っ子で育ってきたTさんは常々弟がほしいと思っていました。
その思いがこんな不思議な感覚を抱かせたのかもしれません。

Tさんは両親にせがんでさっそく金魚すくいに挑戦しました。
しかし、幼い彼女にはうまく掬うことなどできるはずもありません。
何度かやらせてもらいましたが、ポイの紙はすぐに破れてしまいます。
そしてついに彼女は泣き出してしまいました。

その様子を見ていた露店のおじさんは、可哀そうにに思ったのか、Tさんが追い回していた黒出目金と和金を一匹対にして、オマケとして呉れようとしました。
しかし、Tさんは黒出目金だけでいいと頑として譲らなかったそうです。
結局、彼女は黒い出目金が一匹だけ入ったビニール袋を提げて帰宅したのでした。

翌日には、父親が買ってきてくれた金魚鉢の中で、その出目金はただ一匹悠然とした泳ぎを見せていました。
Tさんは「デメちゃん」と名付け、玄関の下駄箱の上に置かれた金魚鉢のそばに椅子を置いて、弟と会話するように顔を寄せては独り言を言い、毎日何時間でも飽きずに眺めて過ごしていたそうです。

そうして一週間ほどたったある朝、デメちゃんは金魚鉢に腹を見せて浮いていました。
最初は状況がよくわからなかったTさんも、母親にもうデメちゃんは戻ってこないんだと教えられ、これまでにないほど大泣きに泣きわめきました。
「デメちゃんが死んだ!弟が死んだ!」と言って、しばらくは食事も喉を通らないくらいに泣き続けたのだそうです。

そんな状態がようやく収まったころ、母親が流産しました。
妊娠10週目だったそうです。
まだ男女の区別もできない小さな命でしたが、Tさんには男の子だったという強い思いがあったといいます。

デメちゃんのことで、自分があんなに泣き叫ばなかったら、現実に生まれてくるはずだった弟も天国へと行くことはなかったのではないか。
Tさんは幼いながらもそう思ってひどく悔やんだそうです。

「今から考えれば単なる偶然だったとは思うんだけど、当時はそうは思えなくてねぇ。
自分が泣きわめいて吐き続けた言葉の言霊が、弟をあの世へ送ってしまったんだと本気で思ってたんよ。
そんなわけで、あれ以来わたし、お祭りや縁日の露店は好きじゃないのよ」
Tさんはそう言って黙り込んでしまいました。

折しもグラウンドの中央に組まれた櫓(やぐら)の上からは、青年団の若い衆が叩く太鼓が鳴り出し、いつのまにできたのか、盆踊りの輪が薄い影絵のようにひらひらと揺れながら、その周りを巡りはじめていたのでした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
怪異体験談受付け窓口 八十四日目
2023.7.29.

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