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本当にやりたいことだけをやってみた

それは初めて経験する冷や汗でした。
やばい、もうすぐ自分の番が回ってくる。
場所はボストン、とある国際会議に参加してプレゼンの順番を待っていました。
俺、なんでこんな仕事引き受けてしまったのだろう...

・・・

遡ること2ヶ月前、
神奈川の片田舎でSEのたまごを育てる講師からぶっ飛んで、赤坂近くでマルウェア解析職人にジョブチェンジしたのでありました。
毎日送られてくるマルウェアの数々、それは悪の手下としても創作力に満ち溢れ、目から鱗の作品がたくさんあって、充実した毎日を送っていました。

ぶっ飛んでから数週間後、私は国際担当の部署から会議参加の依頼を受けました。
「いくぱぱさん、この会議なんですけど、いくぱぱさんの前任者に方が担当していたんですけど、行ける人がいないので参加してもらえますか?」
なんで前任者の仕事が降ってくるんだーと思いつつ、新参者の私は、

断れなかった。

当時、私がいた職場は、そのほとんどの人が英語が堪能で、私も当然できると思われたのでしょう。
それから1ヶ月余り、ひたすら英語の猛勉強。
たぶん、人生で一番勉強しました。

・・・

プレゼンでは何を話したのかはっきり覚えていません。
最後の質問でも、質問しないでーっと訴えながら、Any Questions?
と言ったことは覚えている。

今回のプレゼンでは、今まで経験したことがないような敗北感を味わいました。こんな悔しいことはない、もっと英語を勉強しよう!
ものすごく、安易な展開となりました。

今まで真面目に英語の勉強をしたことがなかった私は、同僚にTOEICのスコアを聞いてみました。
「うーん、最近受けたことないけど、800点ぐらいかなー」とか、「学生時分に900台いったよー」とか、まあ、できる人たちはこんなもんです。
「じゃ、いくぱぱさん、いくつぐらいなのー」
「10年前に受けた時は、285点でしたー」
その後は爆笑の渦でした。
「300点もないのに、英語でプレゼンできたのー、信じられないー」とか。
ま、プレゼンの資料とスピーチ原稿は作ってもらったんですけどね。

それからというもの、何を言っているかわからなくても英語のコミュニケーションが楽しくなっていきました。
本業の「ウイルスいじり」よりも楽しいんだから、これは新たな発見でした。
それまでずっと自分は英語コミュ障だと思っていたので。

楽しい仕事というのはそう長くは続かないもので、それから2年後にジョブチェンジすることに、今度は高校の先生へ。
好きな英語を使う機会が激減しました。

せっかくの機会だから、英語を基礎から勉強するかなと考えました。
TOEICの勉強をしたり、NHK語学の放送を聞いたりと。
これが、面白くない、続かない。
でもなんとか続けられるように工夫するんだけど、楽しくない。
それでも3年ぐらいは悪あがきしました、努力って奴です。

結論、時間の無駄遣いでした。
英語を捨てようとも考えました。
でも忘れられないんですよ、あのプレゼンの失敗が。
いろんなことに悩みだし、1年数ヶ月前に入った勝間塾。
いろんな気づきがある中でも一番が「アウトプットすることの楽しさ」を知ったこと。

もう焼けくそになっていました。
そこで始めたのが、英文ブログ。
アウトプットが楽しく楽しくてしょうがないので、ついでに英語で。
もちろん、むちゃくちゃ間違ってる。
そして、読み上げた方が更にいいと聞いたので、ついでにYouTubeにもアップしました。

本当にやりたことに出会えたのはでかい!
中身、何にもないけど、日本語で、英語で、本当に書くのが楽しい。
たぶん、副業にもならないけど、楽しいからまあいいよね。

#勝間塾 #サポートメール #連続投稿65日目 #私の仕事


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