コンタクト

二月の末に、急にコンタクトを買いたくなった。
眼科で諸々の検査があり、緑内障になりやすい目だなどと脅されて、怖がっているうちに看護師の手でレンズが嵌め込まれた。
当然、視界はクリアになる。
鏡には知らない人が映っていた。
遥か昔に見た幼稚園の卒園アルバムに載っていた自分の顔によく似ていた。つまりそれは僕の顔だった。
眼鏡のない自分の顔をクリアに見るのはおそらく十五年ぶりだ。忘却するには十分すぎる長さだった。
大丈夫ですかと看護師に声を掛けられる。その人の眼球の左目だけが充血しているのさえ見えて、大丈夫そうですと僕が応えると頬肉が上がり、まなじりに皺が刻まれた。表情を久しぶりに再発見したといえる。もしかしたら僕はここ十数年、人とまともに目を合わせていなかったのかもしれない。

僕はうれしくなり、軽く半年は放置していたマッチングアプリにログインし、トップ画像を眼鏡のない顔に変え、コンタクトをはめたことをプロフィール欄でもアピールした。
本気で人が来るとは思っておらず、ただ気分が乗っただけだったので、数分後にメッセージが来たときには驚いた。
急いでアプリを起動して相手を確認する。
信じられないほど綺麗な瞳をした長州力がいた。
もちろん瞳がまるで違うのだから印象もそれなりに異なるのだが、髪型と輪郭があまりにもプロレスラーだった。
そのアプリは課金しないとメッセージの内容を読むことはできないが、モザイク越しにかなりの長文であることはわかった。少なくとも意味のある文章なのだろう。
興味は湧いたが、課金額を天秤にかけると踏ん切りがつかなかった。
迷っているうちに、新しいメッセージが届いた。二件あった。系統は異なるが、どちらもブッダを模していた。
片方は、どこかの寺院と思しき柱で突っ張りの稽古をしていた。
もう片方は、首がなかった。
おかげさまで僕はまだ無課金勢のままでいる。

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