インターネットと音楽、日本のネットレーベルとその周辺(2011年『HOMEMADE MUSIC 宅録~D.I.Y.ミュージック・ディスクガイド』)
インターネットと音楽、日本のネットレーベルとその周辺
ネットレーベル、同人音楽、東方アレンジ、ニコニコ動画、初音ミクなどのキーワードに代表される、インターネットと親和性の高い音楽が持つ姿勢は、自宅録音について語る際に時々用いられる「ベッドルームからの革命」という意識とは、似ているようで少し違うかもしれない。彼らのほとんどは個人制作だが自宅という場所はそれほど重要ではない。彼らの革命はデスクトップからはじまる。デスクトップはもちろん実際の机上ではなく、パソコンを立ち上げて最初に表示される基本操作画面のことで、ここから音楽制作ソフトを起動し、インターネットに接続し、ファイルをアップロードし、たまにCD-Rを焼いたりする。ラップトップと無線LANがあれば屋内でも屋外でも好きな場所で一連の行為が可能だ。重要なのは、インターネットを作品流通の手段として積極的に取り入れているか否かである。
ネットレーベルとはインターネットで音源をリリースするインディペンデント・レーベルのことだ。これはウェブサイトに試聴ファイルを置くという意味ではなく、iTunes Storeなどで音楽ファイルを販売することでもない。音楽ファイルそれ自体が作品として完結しており、流通はMP3などデータ配信のかたちで無料で行われ、聴き手はそれをダウンロードするのみ。レコードやCDなどの実物がない音楽は、着メロとiPodの普及以降、ごく一般的な存在となっているが、それが無料だという点に疑問をもつ人もいるだろう。つまり「サイトのサーバ維持費もあるだろうに、儲けなしでどうやって運営しているの?」ということである。
これはインターネットの原動力が「フリー(自由)」「シェア(共有)」「オープン(公開)」の精神だと思いだす必要がある。フリーに恩恵を受けた人は、自身もフリーで作品を発表しようとし、フリーの循環が生まれる。この輪の参加者の多くは大学生、休日の社会人、フリーターだと考えられ、彼らの共通点は音楽で生活費を稼ぐ必要がない。自分の作品が誰かに渡ることにまず喜びがあり、作品を起点とするコミュニケーションが拡大することに面白さを感じる。コピーに制限をかけ、そのシステムが破られ、さらにコピーをかける……そうした不毛な争いから早々に抜け出し、コピーされて広まることに価値のある環境を彼らは作り出そうとしている。もちろん趣味の延長だからこそ無料で成り立つ側面は確実にあるし、フリーだからこそ見逃されるサンプリングの数々も背景にあるだろう。無料でなければリスナーは増えなかったかもしれない。それらをまとめて「フリーは手段である」といえるし、インターネットはフリーで作品を共有する際に最適な方法だった。
日本のネットレーベルの歴史がいつからはじまったのか、正確なところはわからない。単発的な例でよければ、1994年12月に最初のテープをリリースし、収録曲を全てネットで無料ストリーミング配信していた「Neuro Net Recordings」が、半ネットレーベル的なアプローチの初期の事例といえる。「コピーはrespectである」という前提のもと、ネット黎明期の音楽好きのメーリングリスト参加者が集まったレーベルで、1998年頃まで活動。レオパルドンのアナログ、TOYレーベルとの共同リリースを行うなど、ネタモノテクノ(のちのナードコア)シーンとも共鳴していた。またインターネットではないが、パソコン通信の草の根ネット「GROUNDZERO」は、1995年5月13日に最初のリリースを行い、ネットが閉鎖する1999年頃まで活動していたという。音は90年代中頃らしくガバ/ハードコアが主流で、現在はウェブで再開している。こうした先駆的試みはミニマムなものを含めると他にもいくつか見つかるが、それらを闇雲に追うよりも、ここではより直接現在の国内レーベルの状況につながる流れを辿っていきたい(以下、執筆時点での状況)。
インターネット上で非プロの音楽家が自作を発表する手段としては、各々が個人サイトにファイルを置くよりも、ある一つのサービスにまとめて登録する方が注目を浴びやすかった。MP3は容量が軽いとはいえ、当時はまだ10曲もアップすれば一杯になってしまうほど無料ウェブサービスは容量が少なく、新しい曲をアップするために古い曲を削除するなど発表に限界があったし、聴く側も個別にサイトを探すより一箇所に集まっているほうが効率がよかったからだ。その代表的なサービスが1999年8月にスタートした個人が自由に曲を登録できる無料MP3配信サービス「マイメロディ」で、ここは法人化して2001年6月に「muzie」となった。日本の非プロの音楽家のネットを介した作品発表はmuzieを中心に盛り上がることからはじまる。
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