見出し画像

「すいかの名産地」をさがす旅(室内で)

註・この記事を読んでも「すいかの名産地」に関する情報はほぼ増えない。情報を探したけど見つからなかった記録である。くれぐれも暇つぶしに読んでほしい。

すいかの名産地」という曲が気になって仕方がなくなる時期が、一年に一度は訪れる。なんなんだこの曲は。おかしい。なんだ、なんなんだ……。

普段はそれくらいの発作で終わるのだが、今回はどうしてもそれ以上のことを知りたくなった。なんでもいい、「すいかの名産地」について少しでも知りたい。名産地ってどこなんだ。なんで急に「きれいなあのこの晴れ姿」とか言い出すんだ。なんなんだこの歌詞。頭のなかでエンドレス・レインである。フォーエバー・ラブと言ってもいい。

■インターネットで検索くん

とりあえずインターネットで検索する。作詞家は高田三九三。作曲者欄にはアメリカ民謡とだけ書かれ、個人名の記載がない。もとは「Old Macdonald Had A Farm」という曲のメロディで、それに高田さんが日本語詞を独自につけたようだ。原曲がいつ作られたのかは海外でも諸説あるようなので、ここでは細かな話はしないけれど、1920年代にはもう録音がされているので、それ以前には完成していたようだ。

ひとまずWikipediaに項目があったので見る。高田三九三(たかだ・さくぞう)さんは1906年に生まれ2001年に94歳で亡くなっている。だからもう本人にはインタビューできない。「名産地ってどこですか?」「きれいなあのこって誰を想定してました?」「そもそもなんなんですか?この歌詞?」と答え合わせをすることは不可能だ。

他に作詞での代表作は「メリーさんのひつじ」「ロンドン橋」「十人のインディアン」など。たしかにパッと歌える。「すいかの名産地」をパッと歌える人よりは多そうである。しかし「メリーさん」なんてイベントなどでつい歌ってしまいそうだけど、まだ著作権が生きてるっぽいので使用料が発生してしまうのか。気をつけないといけない。

JASRACの登録をさがすと、作品コード〈043-3044-7〉で「西瓜の名産地」が登録されていた。正式名称は漢字表記だったのか? 録音したアーティストの一覧には「速水けんたろう・羽生未来」「こおろぎ’73」「天童 よしみ」の3組の名前がある。意外と少ない、というかこんなに少ないはずはないと思う。

国会図書館の検索システム「NDL ONLINE」でそのまま「すいかの名産地/西瓜の名産地」で検索すると、1967年発行の書籍『ゆかいな歌 ゲームソング集』(野ばら社)に楽譜が収録されているようだ。1967年までには少なくとも存在した曲だということである。他に『若人の歌 新しい時代の』(1968年、日本ユース・ホステル協会)、『合唱アルバム第2新版』(1969年、玉川大学出版部)にも収録されているようで、60年代後半に急に増えるからその時期に作られたのだろうか?

他のサイトはおおよそWikipediaからの転載とか、他のサイトと同内容か憶測ばかりで有益な情報はなかった。とりあえずネットでわかる基本的な情報はこんなところか。

・作詞家は高田三九三さんでもう亡くなってる
・作曲者は謎。アメリカ民謡
・「西瓜」は本当は漢字表記っぽい
・1967年にはもうあった

■図書館で検索くん

とりあえず高田三九三さんがいつ「西瓜の名産地」の歌詞を書いたのかを特定して、どのように広まっていったのかを知りたい。この童謡の懐かしい印象はいかにも昔からありそうな雰囲気だけど、昔っていつだよ、というのが気になる。

高田さん自身の本があればいいのだが……と探したらいきなりあった。『シャボン玉 高田三九三作品集』(1981年、東京楽譜出版社)。現物を手にし、中を見ると、タイトルどおり高田さんが作詞した曲の楽譜と歌詞を集めた本で、たまに作者コメントが一言載っている感じの本だった。もちろん「すいかの名産地」も載っている。

画像1

あれ、タイトルがひらがなじゃないか。JASRACの登録が間違えなのだろうか。しかも「訳詞・編曲」というクレジットである。タイトルも違うし、原詩とはまったく異なる歌詞でも「訳」扱いなのだろうか……。編曲というのは、歌詞に合わせてメロディを変えたという意味だろうか。この曲、テンポが166だったの。

などと基本情報を楽しんだあと、該当ページの一言コメントに目を向けると、サラッと、ネットのどこにも書いていない情報が載っていた。

レコード:ビクター。昭和40年ごろ、上坂茂之氏に依頼されて訳詞。青少年愛唱歌集等に収録。キャンプなどで愛唱されている

ネットのどこにも書かれていない情報とは「レコード:ビクター」と「昭和40年ごろ、上坂茂之氏に依頼されて訳詞」である。わざわざビクターの名前があるということは、それが最初の録音というわけだろうか。そして作詞の時期が特定できた。昭和40年=1965年頃、に書かれたわけだ。

「すいかの名産地」&「ビクター」でインターネットで検索すると「田中 星児/ザ・ブレッスンフォー」が歌ったバージョンが引っかかる。田中星児はNHK「みんなのうた」で歌のお兄さん役で出演していて、みんなのうた関連のレコードをビクターが出しているので、おそらくその中のどれかに収録されているのだろう……と推測はできるが、特定が難しい。2005年に出たCD『実用BEST キャンプソング』に収録されているようだが、これのライナーに何か書かれていたり……しないかな。とりあえずレコード探しは今度にしよう。

わかったことはこういうことか。

・レコードはビクターから
・昭和40年頃の作品
・上坂茂之氏に依頼されて訳詞、作詞じゃなくて訳詞(本人の意識では)
・どうやら編曲もした
・テンポは166

■古本屋で捜すくん

残った問題は、上坂茂之氏が誰かということである。註釈なしに書かれているから有名な人かと思って検索すると、これがまあ引っかからない。プロフィールがさっぱり謎である。唯一引っかかった上坂茂之編『若者たち みんなが選んだ愛唱歌集』(東邦音楽出版社)という本に賭けてみるしかない。ということで図書館で借りようとしたら、なんと国会図書館にも蔵書されておらず、長崎県立長崎図書館に一冊あるだけらしい。しょうがないので古本屋で探してきて買った。

画像2

さて、この『愛唱歌集』に……載ってた! 「西瓜の名産地」! 漢字表記だ! 詳細は不明だが、とりあえず作詞を依頼したという上坂茂之さんの本に載っているのが漢字表記だから、やはり漢字表記が本来なのだろう、と思うことにする。子供向けの本に載せるには「西瓜」は難読だから、普段はひらがな/カタカナに直してるのかもしれない。

肝心の上坂さんに関してはユース・レクレーション協会の理事長とだけ書かれていて、他の経歴はわからなかった。この協会が本の発行元(発売元は東邦音楽出版社)になっている。この協会がまた何一つわからないのだが、ボーイスカウト活動みたいなのをやってる団体だろうか。とすると、子供たちを集めてキャンプファイヤーなどで一緒に歌う曲として、有名なアメリカ民謡の訳詞を依頼したのではないだろうか?(民謡なら著作権料支払を気にしなくていいから?) そして高田さんから返ってきたのが「西瓜の名産地」……。ううむ、謎はまったく解決していない。

さらによくわからないのが、この『愛唱歌集』は奥付に発行年月日が書いてない! のでいつの本かわからない。1972年の曲「太陽がくれた季節」の歌詞が載っているので、少なくとも1972年よりは後だろう。カワイ楽譜から1971年に出たという書誌情報が先の検索先に書いてあるのだけども、手元にある本にカワイ楽譜の名前はどこにもないから、何かのタイミングで発行が東邦音楽出版社に移ってマイナーチェンジをしたのかもしれない。

しかし、そうなると、1965年頃に作られたはずの「西瓜の名産地」が最初に載った愛唱歌集はこれではないようだ。一体初出はどこなんだろうか?

■結局

ということで、結局、「西瓜の名産地」についての大した進展はなかった。高田さん本人の歌詞についての言及は見当たらない。なんでこんなに歌詞に意味がないのか、意味はあるけど起承転結がないのか。メロディと口の動きの奇妙な一体感から、歌っていて気持ちいい歌詞を考えたので意味はとくにない、というのが真相ではないかと思っているけれども、推測でしかない。ああ、不思議だ。

また来年あたりに気になって仕方なくなってきたら続きを調べるかもしれない。

■久々に続き(2020-07-10)

上の方で書いたビクターから出たレコード、おそらくこれではないか?というのを見つけた。1977年6月にビクターから発売された童謡LPである。品番はSJV-1324。『NHKテレビ「歌はともだち」より/歌おうたのしいゲーム・ソング』の1曲目に「すいかの名産地」が収録されていた。「みんなのうた」じゃなくて「歌はともだち」という番組であった。田中星児さんはこの番組で歌っていたようだ。いや、まあ、レコードがわかったところで何もわからないことに代わりはないのだが……。

■コメントへの返信(2020-08-13)

この記事に白樺香澄さんから面白いコメントを頂いた、と思うのですが、返信書こうとしたら見当たらない……。ここに載せちゃっていいでしょうか? ダメだったらこの項目ごと消します! めちゃくちゃ面白く興味深い推察だと思いました。かなり真実に近づいてきている気がします。

失礼いたします。ひょんなことから高田三九三先生に興味を持ち、「すいかの名産地」があまりに「Old McDonald has a farm」とかけ離れている理由を調べていてこちらのnoteに行き当たりました。勉強させていただきました。本件に関して、友人と話していて一つ仮説と申しますか、推論を立ててみました。ぜひご意見賜れればと存じます。

前提
①「メリーさんの羊」「ジングルベル」「ロンドン橋落ちた」など、他の高田氏の訳詞は基本的に原詞に忠実であること
②高田氏本人はあくまで「訳詞」であるとのスタンスでいたらしいこと。
③上坂茂之氏が「Old McDonald has a farm」の翻訳を頼んでこれが返ってきたらさすがにブチ切れたと思うのに事実はそのまま刊行されている、という疑問
④そもそも「すいかの名産地」というフレーズの唐突さ(すいかの産地が舞台である必要が作中においてない)
⑤「とうもろこしの花婿」「小麦の花嫁」という道具立てはいかにもアメリカ的。また、アメリカでは「スイカ」が黒人差別のステレオタイプに扱われていた経緯があること。

長くなりました。上記の前提から、「『Old McDonald has a farm』の歌詞違いのバリエーションとして、すいかの名産地が登場する『原詞』が英語圏に存在するのではないか」と仮定してみました。
検索したところ、イギリスのマザーグースに“Down by the Bay”という下記のような歌がありました。

Down by the bay where the watermelons grow, Back to my home, I dare not go, For if I do, my mother will say, "Did you ever see a cat wearing a hat?"

スイカの産地の入江の近く私はおうちにはかえらない。だって帰ったらママがこう言うんだもの。「見たことある?猫が帽子をかぶるとこ」

最終行がcat wearing a hat、a bear combing his hair、a dragon pulling a wagonなど、韻を踏んだ言葉になっていて、オリジナルの歌詞をつくっていくゲームもできるそうです。

この歌を紹介する向こうのウィキペディアによれば、ボーイスカウトのキャンプで歌われることもある歌なのだそうで、

仮説
①当時のアメリカのどこかに、イギリス民謡の“Down by the Bay”の歌詞を“Old McDonald has a farm”の曲で歌うバリエーションが伝わっていた。韻を踏む部分の歌詞は、「五月(May)にとうもろこし(Maize)が花婿になる」「小麦(wheat)が結婚(married?)する」だった。
②その歌詞をどこかから入手した上坂氏が、ユース・レクレーション協会理事長として、「キャンプファイヤーを囲みながら子供がうたう歌を」と高田氏に持ち込んだ。
③高田氏は「おうちに帰りたくない」といったネガティブな要素だけ排除し、詞を忠実に訳出した。
④原詞は「とうもろこしと小麦(白コーンが白人、小麦が黒人をイメージさせるものだったとか)」「スイカ」といった黒人差別のニュアンスが問題視され、アメリカでは公民権運動時代に埋もれ、忘れられた。

長文、失礼いたしました。

■コメントへの返信(2020-08-17)

さらに、上記コメントを受けて、hideさんからコメントを頂きました。こちらも面白かったのでここに掲載してしまいます(改行を加えています)。みなさん「すいかの名産地」がなんか気になっていたようで、まるでこの記事が「すいかの名産地」探偵団の本拠地のようになってきました。笑い。

大変興味深く読みました。私も意味不明な歌詞が気になっており,コメントの仮説も面白く勉強になります。ただ,“Down by the Bay”にも曲があり,「名産地」とはメロディーが異なるのが気になりますね(水を差してすみません)。もっとも,メロディーといえば,そもそも「名産地」の原曲が“Old McDonald had a Farm”というのが腑に落ちません。最初こそ似ていますが,それだけという気もします。

そこで,WatermelonにまつわるFolk Songを調べてみますと,“Watermelon on the Vine"なるものがあるようです。1882年作曲のようですが,YouTubeでThe Monroe Brothersが歌う“Watermelon Hangin' On The Vine"を聞くうちに,バンジョーの調べやメロディーが「名産地」に似ており,これこそ原曲ではと思ってしまいました。“Watermelon~”の歌詞は混沌としていますが,すいか,すいかと連呼する辺りは「名産地」に近いようにも思います。お聞きいただき,ぜひ解明していただけますよう期待しています!

連投すみません。“Watermelon on the vine”の歌詞は,鶏ウサギや桃リンゴ梨よりも,僕は西瓜が好き!という歌詞で,恋愛歌のようですね。西瓜=黒人差別のニュアンスからは,人種を超えた悲恋歌と解釈できそうです。これを,日本人的に土地(ムラ,「部落」)を超えた悲恋歌に置き換え,「名産地」としたのが,高田氏の訳出の妙ではないでしょうか。とうもろこしや小麦は,原詞にありませんが,メタファーのヒントとも思えます。メロディーや西瓜からそんな仮説を考えてみましたが,ご意見を賜れますと幸いです。長文にわたり大変失礼いたしました。

聴いてみたところ、メロディ自体はそれほど類似してないと思いましたが、先の白樺さんの指摘である「他の曲はちゃんと訳しているのにこの曲だけちゃんと訳していないのはおかしい」という考え方を踏まえて、スイカが登場する他のフォークソングにも着目していく、というのはいい感じがしました。仮説としてアリだと思います。

■その後、詳細な記事が(2023-12-25)

その後、より細かく調べてくれた人がいました!ので紹介しておきます。これで大半の部分は決着したのではないかな?


ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?