仕事②〜負けた分強くなる〜

2016年4月、一連の構造改革が少し落ち着き、新たな期がスタートした。構造改革に着手し利益体質は改善したとはいえ、まだまだ予断を許さない。資金ショートは免れたものの相変わらずB/Sはボロボロだった。特に自己資本に対する負債が巨額だったのである。この頃の会社はベテランの社員が多く辞めていったことによる業務面での混乱もあるが、管理職側は人を切るストレスからようやく開放され、少し明るさが出てきていた。

こういう状況でも新卒採用はわずか10数人ながら続けていた。僕が入社して1年が経った頃、同じ部署に1つ下の新入社員が入ってきた。英国に留学した経験を持ち、挑戦心に溢れた奴だった。そんな彼もわずか1年で辞めていった。頼りにしていた同期もその半年前に辞めていて、僕は3年目を迎えた時には昭和の営業部隊にたった1人の若手になっていた。

世間では同期モノのドラマがヒットしたり、同期愛の溢れる投稿も見る。同期というのはそれだけ心強い存在なのだろうが、周りにはその環境がなかった。会社も彼らに挑戦をさせられるほど余裕がなかったというのが事実だ。構造改革とはコストと生産性の釣り合わない年配社員のリストラと同時に貴重な人材の流出にも繋がってしまうことを身を持って実感した。

1人になったこの頃から先輩方にはよく「頑張ってるね」と言われることが増えた。僕自身はそれを冷静に受け止めていたが、会社に残ってるから頑張ってる、だなんてレベルが低すぎると思っていた。同期達は別に能力がないから、辞めていったわけではない。他に挑戦したいことがあるから去っていったのである。自分自身は何をやってるんだと。この頃から本気で認められるための勲章が欲しかった。

チームの人数も減ったことで1人あたりの業務量も自然に増えていたが、もっとやらせてほしいと頼んだ。当時の僕にそこまで任せられる経験と能力があったかというとない。でも上司は分かったと。もしミスがあった場合は損失は膨大になるが、それでも僕を信じて任せてくれたこの上司にはその後もたくさんの感謝をすることになる。

東北地方〜北信越〜関東一帯と幅広く取引先が増えた。この頃の僕の愛読書は地図だ。その土地にどれくらいの人口が住んでいて、名産品は何で、という調子でとにかく地方の町を勉強しまくった。僕は幸いこうゆうことが苦ではなかった。自分の知らない土地へ行って人と話し、既存店の改装や出店・退店交渉をする日々。今では関東出身者よりも関東に詳しいだろうし、東北地方のいわばど田舎まで車を走らせ、泥臭く1日100km以上運転する日々も貴重な経験になった。

ただ慣れてくるとその分、雑になる瞬間がある。とある大手取引先に行った時、忘れられない出来事がある。その担当者の方とは何度も会っていたが、ネガティブな話が多かった。今度は逆に赤字店の賃料をこちらから減額しにいく時だった。本来お願いする時というのは100%こちらが悪い。その気持ちを忘れてはならない。でもその前後で会社からのプレッシャーもかかり、この案件は自分の中で面倒くささを孕んでいた。

その日も交渉は横ばい。譲歩案を提案する先方に対して僕の態度は横柄だった。今まで何度も会社のために頭を下げてきたのにその日はなぜか横柄になってしまった。会社がどうとか、疲れているとか、そんなことは一切言い訳にならない。でも僕は先方の言い分を聞かずに「できないなら、じゃあやめますよ!」と言い放った。その瞬間先方の顔が見る見る赤くなり怒りに満ちていくのが見て取れた。あ、やってしまったと僕は思った。しばらく沈黙のあと先方はさすが大人だった。

「これ私だから良いですけど他の人に言ったら本当に怒ると思いますよ。立場が違うとかそういうのは抜きにして人としてあんまりじゃないですか。僕はあなたを信用してるから頼んでるわけです。でもそのあなたがそれを言っちゃったらもうおしまいじゃないですか。」まさに正論。返す言葉がなかった。

信用なんてものは築き上げるまでに膨大な時間を要する。でも崩れるのは一瞬だ。この件は正式にお詫びしたいと先方には何度も言った。でもその人はこれは我々の件だから、と許してくれた。それどころか僕の要望を通してくれたのである。その取引先には後日会う機会があった。僕は精一杯の誠意で謝罪と感謝の意を伝えたが、先方は「とんでもないです。仕事はお互い辛いことを告げなきゃいけないこともある。でも仕事はどこまでいっても人と人です。あなたはきっと偉くなると思いますからいいですよ。出世払いで。(笑)」と。僕はこの時あってはならない、取引先に育てられた。

この日以降、改めて実感した。謙虚さがないと結果うまくいかない。惨めな自分を省みて失敗から学ぶ。これも謙虚さだ。社内の出世レースに勝つよりも外部のお客様に信頼されてることがどれだけ大事かと。そしてこの日以来、会社のために働くのはやめた。あくまで自分のためだ。会社のためという綺麗事スタンスが自分に嘘をつかせる。

自分のために働き、会社も動かすのだ。立派な肩書きを手に入れたら、もう1度この人に頭を下げにいきたい。「会社を代表して謝罪します」と言えるような、そんな人間になりたいと強く誓った日だった。

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