立体靴下をめぐる冒険
午後5時、退社して駅へ向かう。社員通用口へのエレベーターを降りるたびに、僕の勝ち目が薄れていることに気がつく。なかなか考えがまとまらないときにそうするように、溜池山王まで歩くことにする。六本木交差点を抜け、赤坂見附付近に向かってどんどん歩く。そろそろ、ダブリナーズが見えてくる頃だ。生ギネスが飲みたい。よろよろ歩くうちに、ふと、見かけない看板が目に入ってきた。近づいてみる。白地に赤いペンキで殴り書きのような文字が目に入る。
「立体靴下専門店」
立体靴下…。ふむ…。立体靴下?
よく見ると、そこは雑居ビルで、1階は不動産屋になっている。2階がその店のようだ。僕はふらふらと2階への階段を上がることにする。階段の壁には、赤茶けた選挙ポスターが貼ってある。階段には、ガムや吸い殻がこびりついている。およそ美しいとは言えない光景。2階にたどり着き、店の狭い入り口が見えた。ドアは開け放たれている。なにか言いようのない、悪意のような空気を感じたが、用心しながらその店に入ってみる。
果たして、その店はいつわりなく靴下の専門店であった。床には大きなダンボールに入った色とりどりの靴下の山。その山が、4つほどある。壁にも、やはり靴下がピンナップされている。その靴下群を立体靴下たらしめているのは、靴下の表面に縫いつけられているカエルの造形であったり、ピエロの顔であったり様々だが、それはやはり立体靴下なのだ。なるほどそういうことなのか。僕は少しがっかりした。いったい自分は何を想像していたのか、黒呪術にかぶれた店主がオジーオズボーンの格好をして口にコウモリをくわえながら出迎えてくれる画だったのか。安堵し、余裕が出てきた僕は、より詳細に店内を見回してみた。立体靴下、立体靴下。あそこにも立体靴下。また一枚のポスター。そして、一目見た瞬間(本当に瞬間だ)、それはとてもグロテスクなものであるとわかった。
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大相撲…。元横綱……。担当山口………。
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どこを辿って僕はその店を抜け出たのか覚えていない。途中、吐いていたのだと思う。口の中が酸っぱい。僕は、はじめて自分が壊れる感覚というのを味わった。だが、僕は理解した。それは-----自分の頭蓋骨の中にあるのだ-----と。
気がつくと、目の前に家のドアがあった。ブザーを鳴らす。声にならない声を振り絞って僕は言う。
「ただいま僕だよ」
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午前一時。真冬の肌寒さ。空になったコーヒーカップ。寝室から聞こえる静かな寝息。これとともに終わること。