中国で過ごした3ヶ月

コロナ、コロナと、日本中、世界中が騒いでいるのを聞きながら、僕自身も自宅と事務所を毎日、車で行き来していた。人とは一年半、ほとんど会わない。仕事はほとんどインターネットとズーム会議だ。淡々と繰り返されるそんな毎日を全身で感じながら、僕は突然決断をした。

中国へ行こう!そう思ったのだ。天津に事務所を共同経営するパートナーもいる。住む家もある。オフィスだってある。ズームで中国でのセミナーに参加し、ズームでのコンペの審査への参加をしていると、逆転していいのだと思うようになった。中国を拠点にして日本の仕事だってできるのだと確信したのだ。

それは間違いなく可能だった。何の問題もなく、拠点を中国に変えて日常生活を過ごしてきた。月曜日にはスタッフとズーム会議をするのも日本にいる時よりも緻密になった。そして、変わったのは人と会うことが多くなったことだ。中国の感染者はほとんどいない。一名出ただけで地方政府は大騒ぎをする。大連に数名の感染者が見つかっただけで都市のロックダウンしていた。そんな中だから、移動にはさまざまな壁があるのだがほとんどは「検査」をすればいい。

大連でクライアントと会議し、建設現場を見て、大連工業大学で講演をする。天津では天津大学と天津美術学院で講演、多くの地方政府の役人と会う。広州では広州設計週に参加してレクチャーや表彰式に出る。泉州の建築現場で打ち合わせし、北京で新しいクライアントと会議をする。その他、多くの人たちと会食し忙しい日々を過ごしてきた。

二つのコロナ時間を過ごすことができた。一つは日本で孤独だけれど一冊の本、「美とは何か」を書いた。中国ではこのコロナ時間で構想し始めたもう一つの著書「原初思想」の構想を進化させ、数カ所での講演会でそれを語って多くの人の関心を引いた。僕は中国で一種のインフルエンサーになっている。10年前は若者たちだったのだがその後、大学の教授陣が僕の名を知ってくれるようになった。今回、中国ではメガネ屋さんでもレストランでも僕と一緒に写真を撮りたいという。三百人程度の講演会なのにインターネットでは42万人の人が聴いていたりもする。中国にはインフルエンサーを産みやすい文化的風土がある。習近平もそんな風土を利用している。

中国は「原初思想」に語っているような原初的傾向がある。初めから人間は群れる動物なのだが群れを「作法」や「法律」などの自発的規範で制御する先進国と違って、「本能的な群れ効果」の集団でいるのが中国である。そんな社会に全体主義の「上からの規制」をかけようとしているのだ。それを「新しい民主主義」と言っているのではないだろうか。観察を続けたい。

(黒川雅之)

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