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未来に繋ぐための対話/演劇と『法律』vol.7 演劇と『労働環境』

演劇と社会の繋がりを考える対談連載です。板垣恭一(賛同人代表)が、弁護士・藤田香織(当基金の法務担当)に、演劇と『法律』についていろいろ聞きました。

対談連載第7回  演劇と『労働環境』

今回は労働環境についてです。俳優や実演家を守るために、労働者だと認めた上で、労災、最低賃金の保証等をしていく必要があるのではないか、そのためにはユニオンのような団体があっても良いのではないかといった内容です。

今回のポイント
▼演劇人も労働者である場合がある
▼「労働基準法」とは働く人を守る法律
▼いろいろなことを考え直す時期に来たのではないか

板垣=今回のテーマは藤田さんからご提案いただきました。なので、まず聞いてみたいとおもいます。なぜこのテーマを思いついたのでしょうか。

藤田=私は、身内に舞台芸術の業界で働いていた者もいて、役者さんや実演家、スタッフが、かなり不安定な地位で働いていることを見る機会がありました。報酬が安くて食べていけなかったり、現場で怪我をしても補償が受けられなかったり。

板垣=残念ながらそういうことは耳にします。

藤田=もちろん、きちんとした報酬が支払われ、安全が確保されている場所もたくさんあります。でもそうでない現場があることも否定は出来ないと思います。中のひとたちは夢があり、やりがいがあり、そういう不安定な条件で働くことに大きな不満がでないかもしれません。ただ、弁護士として、きちんと人としての権利が保障されているかということについて、再度考えてみた方が良いと思ったのです。

板垣=ありがたいです。確かに労働環境はまちまちだと思います。そもそも「労働」だと思ってない人も多いかもですね

藤田= 舞台芸術の現場のプロフェッショナルたちがやっていることは、一般名詞で見ると「労働」ではなく「表現」「創作」ですよね。だから、自分たちがしていることを労働ということに抵抗があるとおもいます。それはそのとおりです。

板垣=ちなみに僕は抵抗ありません。

藤田=ただ、それとは別に、活動をする人を保護する法律の適用があるのであれば、きちんと保護を受けた方が良いです。この法律を「労働基準法」といい、ざっくり言うと、誰かの指揮監督を受けて、時間を大きく拘束され、決まった現場で活動を行なう人を「労働者」として保護してくれているのです。これは、法律用語、テクニカルタームなので、ちょっと違和感があったとしても労働基準法の保護をうけることのメリットは大きいです。

板垣=そうなんですね。詳しく聞きたいです。

藤田=労働者だと認められた場合、最低賃金が適用されます。ワンステージいくらで契約していたとしても、実際の拘束時間にならして考えて、時給が最低賃金を割っていた場合、最低賃金は補償されます。ちなみに現在の東京の最低賃金は時給1013円です。また、労働者と認められれば、怪我をしたときに労災保険を使うことが出来ます。大きな怪我をしたときに保険が出るのは大きいです。そのほか、労働者だと認められると、法律が労働者をさまざまな形で保護をしてくれます。

板垣=いいことばかりですね。演劇や舞台芸術に関わる人は誰でも「労働者」に当たるのでしょうか。

藤田=たとえば、同じ芸術家でも、一人で創作する絵描きさんは時間の自由がききます。好きな時間に起きて、好きな時間まで描いて、場合によっては夜更かしすることもあるでしょう。でも、これは自分で時間等をマネジメントできるので、労働基準法での保護は受けません。

板垣=ふむ。

藤田=これに比べて、舞台芸術に関わる役者さん、実演家、スタッフは拘束の度合いが大きいです。何時から何時までお稽古だからここにいてくださいといった時間的な拘束があったり、役者さんだと演出家から演技についての指導をうけたり、スタッフも、指揮監督を受けることがあります。舞台芸術に関わる全てのスタッフや実演家、役者さんが労働者だと認められるわけではないですが、指示に従わなければいけない度合いや、自由がきく範囲、報酬の低さ、報酬の決め方などによって労働者と認められることがあり得ます。

板垣=なるほど。

藤田=私見ですが、大手のミュージカルに出演するアンサンブルの俳優さんは、フリーの役者さんでも、労働者だと認められる可能性が高いのではないかと思います。また、オーケストラ等の実演家、指示に従う立場のスタッフも同じく、フリーだとしても労働者性が認められると思います。一方、自由度が高い、演出家や、ギャラの高い俳優さんなどは労働者と認められないことがあるかもしれません。

板垣=演出家はダメなのか~。確かにこちらが稽古内容を決めていますし、家でも働いてますけど、誰かに命令されてやっているわけじゃありません。

藤田=大丈夫です。労働者じゃないからってひどい目に遭うわけではありません!! 他にも適用される法律があるのです

板垣=そうなんですか? ぜひ教えてください!

藤田=たとえば、カンパニーの中の誰かが、演出家を殴ったとします。そうすると、殴った人が損害賠償義務を負うのと同時に、その、殴った人を雇っている主催者は、民法715条の使用者責任という責任によって、原則として、殴った人と一緒に、演出家の損害を賠償する義務があります。

板垣=安心しました笑。

藤田=殴ったという例はあまり現実的ではないかもしれないですが、たとえば、スタッフが小道具のナイフの刃引き(※刃を潰すこと)を忘れていて、安全だと思ってナイフを使って稽古をした役者さんが怪我をした、とか、職人肌のスタッフが、頭をこづいたり、髪の毛を引っ張ったりして「指導」をした、とか、そのような場合に、主催者が加害者と一緒に損害賠償をしてくれます。スタッフ同士だと請求しずらい治療費や慰謝料の損害も、ある程度経済力のある主催者から支払ってもらえる可能性があるのです。

板垣=十分にあり得る事例だと思うので、これまた安心しました。

藤田=また、主催者自身の義務として、「安全配慮義務」という義務があります。カンパニーのみんなが安全に安心して仕事が出来るように場を整える義務です。今の時代だと、たとえばコロナ感染への対策を十分にするということもこの安全配慮義務に含まれます。

板垣=なるほどです。場に対しての責任を主催者は負うというルールなわけですね。

藤田=ええ。

板垣=少し話は変わりますが、先日こんな話を聞きました。俳優の卵さんがある事務所から契約を持ちかけられたと。それはそれでめでたいことなのですが、持ちかけられた内容がちょっと違和感なんです。5年間の専属を約束することと、アルバイト禁止であるということ、さらにお金に困った場合は親ではなく事務所に連絡するよう言われたというのですが。例えばこのような場合はどう考えれば良いのでしょう。

藤田=たしかに、かけだしの俳優さんで、そのような契約をするとなると違和感がありますね。もちろん、生活できる金額の給与を保証をした上で、アルバイト禁止だということであればかまいませんが、生活できる金額の給与の保証がないのであれば、明らかな人権侵害です。また、お金に困った場合に親に相談することを禁止するとなると、このことも不当な契約と言わざるを得ないでしょう。事務所との契約が労働契約と認められれば労働基準法13条で、そうでなければ民法90条で、そのような契約は無効となります。だから、そんな契約したって、約束きかなくて大丈夫なんですよ。

板垣=そうなんですね! よかったです。こういう事務所がらみの話って、たまに立場の弱い俳優さんから聞くことがあるんです。現場を見たワケじゃないので勝手に何かを断じるワケには行きませんが、ちょっとモヤモヤしたものを感じるんですよね。だって雇う側はコストカットを優先的に考えるだろうし、その流れは世界経済の動向を見ていると止めがたいだろうなと。そういう現代において、藤田さんのおっしゃってくれているような労働者を守るための方法は何かあるものなのでしょうか。

藤田=こういう話って、なかなか役者さん、実演家、スタッフのひとたち個人で戦うのって難しいと思うんです。でも、絶対に守られなきゃいけない権利です。ここまで、最低限の人権が守られなければいけないという趣旨の話をしましたけれど、それを超えて、きちんと舞台芸術に関わる人たちの才能に見合う報酬や扱いをしなくちゃいけないと思います。

板垣=はい。

藤田=帝国劇場の舞台が約5ヶ月ぶりにあいて、注意に注意を重ねながら観劇しましたが、やっぱり、あの舞台の上にいる人たち、あの舞台を作り出している人たちは、それぞれ皆、特別な才能を与えられて、さらに努力や研鑽を重ねている人たちだと思います。そういう特別なひとたちが作り上げた特別な芸術を私たちは受け取って、特別な時間を過ごすんです。

板垣=送り手側として、背筋が伸びます。

藤田=他の舞台芸術もそうです。みんな、特別な才能を持っている人たちの集まりです。それに見合う価値を社会が与えなければ、私たちの特別が特別じゃなくなってしまいます。役者さん、実演家、スタッフの組合を作るという試みが今まで何度もなされて、毎回難しさがあったことは承知していますが、せっかく今考える時期があるのですから、きちんと才能に見合った権利の保障がなされるように、交渉の力をもった組合をつくるというのは一つの方法だと思います。

板垣=ユニオンですね。確かに横のつながりがないと、最低賃金の話も交渉しようがないですね。主催者側は嫌がるかもしれませんが、業界としての健全さを守るためには、ブラック体質にならないよう関係者全員が心がけるべき時期に来ていると思います。

藤田=そうですね。当事者だけの力で立ち上げるのは大変かもしれませんが、組合があって、役者と主催者が弱者対強者の構造ではないことを示していくことが、ひいては社会の中での舞台芸術業界の地位を上げていくのではないかとおもいます。

板垣=歴史的に世界中で組合を潰してきたことと、いまの格差社会の拡大には関係があると思います。大げさかもしれませんが、社会全体を立て直すためにも、なんらかの形で人々の労働環境を守る考えを、世の中で取り戻さなくてはならないかもしれません。

藤田=おっしゃるとおりです。才能があって、活躍もしている役者さんたちがバイトをしなければ食べていけないような状況を作ってしまえば、役者さんという職業自体が先細りになり、才能のある役者さんの芽を摘んでしまうことになると思います。

板垣=ええ。

藤田=当事者である役者さんに任せて傍観するのではなく、業界として、役者さんや実演家、現在弱い地位にある人たちが、きちんと守られるような制度作りが必要です。

板垣=まず僕を含めた当事者もこのことについて自覚的になるべきだと思います。税金で保護してもらうことだけに頼らず、もう少し産業としての自覚を持つべきなんじゃないかと。営利を目的としつつ「営利第一主義」にならないような業界ができたら、社会からちゃんと必要であると認識してもらえるんじゃないかと。いや、とても難しいことなんですが……。

藤田=演劇が、芸術という側面だけでなくて、産業として自立するということですね。いろいろと、抜本的な見直しが必要になるかもしれないです。おっしゃるとおり難しいですが、中と外からよいしょよいしょって良いカタチを作れると良いと思います。

板垣=今日はありがとうございました! 次回はひとまず最終回です。これまでを振り返ってみます。

藤田=ありがとうございました!
(つづきます)

●第3回目までの対談内容はこちらでも見ることができます

◆noteマガジン:未来に繋ぐための対話/演劇と『法律』連載

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