家猫の住み方(ショートショート)

「今日から新しい家族だ」

 金曜の夜、パパが猫を抱えて帰って来た。

「あらやだ、連れてくる前に相談してくれればよかったのに」

 言葉とは裏腹に、ママはとても嬉しそう。僕もペットが欲しかったから、猫は大歓迎。

 猫は三毛猫で、気まぐれでマイペース。俗に言う、猫らしい猫だ。

 最初のうちは、散歩に出てなかなか帰って来ないことがあった。そのたびに探しに行くのだけど、いつもひょっこり帰って来る。

 飼い始めて何日か経つと、猫は家から出なくなった。家に馴染んだのだ。ソファーでゴロンとしたり、窓際で日向ぼっこしたり、壁で爪とぎしたりと、家の中を楽しんでいる。ずっと家にいるものだから、猫は家と同化しているように見える。たまに家に住んでいるのか、猫に住んでいるのか、わからなくなる。

 そんなある日、ついに猫は家と同化した。同化したと言っても、家から手足が生えて動くわけではない。どことなく家が猫っぽいのだ。青塗りだった家は、屋根が茶と黒に分かれ、外壁は淀んだ白。三毛猫カラーになった。世間では家と同化した猫のことを、家猫と言うのだと、パパが教えてくれた。

 家猫はとてもめんどくさい。気に入らないお客さんが来ると、ドアを開けてくれない。そのたびに「ごめんなさいね、なんせ家猫なので」と、ママが断りを入れて外で応対する。家族だって例外ではない。家に入れてくれないときは、テントを張って野宿する。

 もっとめんどくさいのは、気まぐれに移動してしまうことだ。だから学校から帰ると、まず家猫を探さなきゃならない。たいがいすぐ見つかるけど、見つからないときは役所に連絡して、家猫行方不明の放送を流してもらう。移動しすぎて学区が変わってしまい、僕は隣町の学校に通うこともあった。パパは通勤手当が減るのを気にして「頼むから職場の近くに行かないでくれよ」と、家猫に言い聞かせていた。ちなみに家猫が移動しているところは、誰も見たことがない。猫と同じで、抜き足差し足忍び足なのだ。


 学校帰り、いつものように家猫を見つけると、近くに異臭のする塊があった。家玉だ。家猫は埃や害虫を玉にして出すことがある。一ヶ月から数ヶ月おきに出すのが普通なのだけど、ここのところ毎日だ。なんだか家猫が苦しそう。祈る思いで獣医に診てもらった。

「家猫は猫ではないので、私たち獣医にもわからないことが多いのです。すいませんが失礼します」

 獣医はそう言い残すと、申し訳なさそうに帰って行った。家猫は解明されていない未知の部分が多いから、手の施しようがないのだ。

僕は何かよくなるヒントはないかと、ふと猫を飼い始めたときに読んだ飼育本を思い出した。

(たしか本だと、猫は飲み込んだ毛を毛玉にして吐くのだけど、吐けない猫もいるって書いてあった。もしかすると家猫は、家玉を出し切れてないのかもしれない。こんなとき、猫なら猫草を食べさせて吐き出しやすくするのだけど、家猫はどうすれば……あっ、そうだ!)

 僕は近くに生えていた草や花を摘むと、家猫に入りリビングに飾った。そして窓を開けて換気すると、家猫はぶるぶると震え出した。

「ニイィィィヤアァァァオ」

 家猫は雄叫びを上げると、埃と害虫は家玉となり、ドバッと出ていった。植物を入れ換気したことにより、家猫の空気がきれいになったのだ。家玉を全て出し切った家猫は、スッキリしたのか、なんだか気持ちよさそう。


 数年後、家猫は寿命を迎えた。腐敗が進み、住めなくなったのだ。家猫は火葬した。

 新しい家は、中に入れてくれなかったり、勝手に移動したり、家玉を吐くことはない、普通の家。つい家猫と比べてしまい、物足りなさを感じてしまう。

 家猫のことはもう忘れようと、僕は気分転換に散歩へ出掛けた。けど、行く先々で家猫を探し回ったことを思い出してしまい、気分転換にはならなかった。

 思い切って少し遠くの河川敷に行ってみた。するとそこには、川の近くだというのに家が建っていた。おかしいと思い近づいてみると、周囲をウロウロしているおじさんがいた。おじさんは僕に気づくと、足を止め話し始めた。

「ぼうず、これはノラの家猫だ。おじさんはこの家猫を保護してやろうと思っているんだが、なかなか心を開いてくれなくてな」

 家猫と聞いて、心がざわついた。体が勝手に反応し、気づくと僕は家猫を撫でていた。

 ギィィと、ドアが開く音がした。

「僕が住んでもいいのかい?」

 そう問いかけると、家猫は僕にニッコリ微笑んでいるように見えた。       


※この作品は落選作品です。
「苦しいのは今だけよ」って言ってる上司。
お前の頭の中に時限爆弾を仕込んだショートショート書いてやるよ。
って思っているけど、結局不発弾に終わるんだよ。

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