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1-8 concrete epic

おまえは朝5時きっかりに携帯のアラームで布団から飛び起きキッチンへ向かい冷蔵庫を開け昨晩作っておいた唐揚げを具にした大きなおにぎりを直立したまま頬張った流し台を照らす北向きの小窓から射す陽はまだほんの微かでようやく春の兆しが見え始めたようだおまえはおにぎりを食べ終えると空になった小皿だけ冷蔵庫へ戻しそのまま豆乳パックを取り出してガボガボと口に押し込み歯肉の周りにまとわりついた米を胃の中へ洗い流したおまえは素早い食事を済ませるとそのまま洗面台へと向かい毛先がモリッシーの前髪のようにやる気なく反り返った歯ブラシにたっぷりと歯磨き粉を乗せ口腔を泡だてながら空いている片手で器用に自身の糞尿でビショビショになった下着を脱ぎ洗濯カゴに投げ入れ棚から適当なタオルを取り出すと肛門や性器の汚れをガシガシと拭き取りタオルの汚れと匂いを確認するとそれも洗濯カゴに投げた歯磨きを終え口を濯ぐとその態勢のまま大きな痰を一回吐いた「今日のは大きいな」おまえは棚から直径100mm程のシャーレと毛抜き用ピンセットを取り出し洗面台に張り付いた痰を丁寧に採取すると『母の夕食用』とラベルに書き込み蓋を閉め洗面台の下にある専用の棚に並べたおまえは今日とてもウキウキとしている何故なら30年来の親友とランチの予定があるのだ誘いが来たのは昨晩のことだせっかちな性格はいつまでも変わらないようだ「ウナギ食べてぇなぁデッカいウナギを蒲焼きで食べるんだぁウナギってなんであんなに美味しいんだろうなぁきっとタレが美味しんだ『秘伝のタレ』とかカッコつけて言ってやがるがあんなもんスーパーに売ってるもんで簡単に作れるの知ってんだただの刺身や塩焼きだったら一般家庭の食卓に並んでるアオダイショウと差して味は変わらないはずだぜぇあぁしかしあのウナギ屋に置いてある継ぎ足しのデッケェタレ壺に頭の先っぽまで浸かってタレを肛門や毛穴から体内に染み込ませて体臭になるまで沈んでいてぇ最近毎晩夢にデッケェタレ壺が出てくるんだそんで朝起きると必ず夢精してるんだぁ(笑)今年で56になるってのに恥ずかしいったらないぜ(笑笑)結局そのせいで布団を干したりシーツを洗濯したり寝そべってタバコ吸いながらvtuber観たりで朝からバタバタしちまってる間に1日が終わってもう1週間もハロワに行けてないんだ(泣)ところでおまえアナルオナニー用のウナギって知ってるか?先月近所のアダルトグッズ専門店のクジ引きで当たってよぉウナギの稚魚をもらったんだ『愛情を注ぎ時間をかけて成魚に育ててから肛門に入れることでまるで我が子に犯されているような擬似近親姦がプレイ出来ます(プレイで性欲を満たした後はウナギを食べてお腹も満たせます)』なんて説明書きに書いてあってよぉ〜笑っちゃうよな(爆)でもモノは試しだと思っていま育ててるんだがこれが可愛いのなんのって文字通り食べてしまいたいくらい愛しちゃってるのさ最近ようやく肉眼でも確認できる大きさになってきて水槽の中を前足と後ろ足を使ってピョコピョコと頑張って泳いでる姿見てるとなんか人間も頑張らなきゃいけねぇよなってなんかこっちが泣けてきちゃうんだよ生命の偉大さっていうか魂の根源的可塑性みたいな上手く言えねぇけどさ感動ってこーゆーことを言うんだろうなってこの歳で初めて知ったってことよ生まれてこの方ずぅっと実験施設の独房だったからなぁところで明日ヒマ?」という内容のランチのお誘いが年賀状用ハガキ何通かに分節されて親友からおまえに送られてきたつまりこれは明日久しぶりに一緒にランチでも食べようというシャイで回りくどいあいつなりのお誘いというわけだおまえは出かける支度をすませるとリビングの机に向かい親友からのメッセージ文をチラシ紙の裏に全て書き取り暗号によって隠されたランチの詳細な日時・集合場所を解き始めた「今回のはかなり気合が入っているなぁ」BGMにピチカートファイブをかけながらゆったりと暗号を解いているとリビングの置き時計が15時を知らせた「なんてこったまだ待ち合わせ時間しか出せていないっていうのにこうなったら兎に角あいつの実家に行ってしまえ15分くらいチャリで飛ばせば調布空港から茅ヶ崎行きの飛行機にはまだ間に合うはずだからトータル1時間ちょいってところかよしこれならまだランチには間に合うな」家を出ると外は豪雨だったが気にしていられない隣家の玄関脇に立てかかっていた自転車に鍵がかかっていないことを確認するとサドルの位置を調整しおまえは飛行場まで急いだ「クソッ平衡感覚がうまく保てねぇこんなことになるならウィスキーあんなに飲むんじゃなかったぜ」おまえは50メートル進んだ辺りで自転車から降り電柱にゲロを吐き胃が落ち着いてくると気分がスッキリしてきたので自転車を車道へ蹴り飛ばし家へ戻ることにした「明日にしよう今日はなんか違う明日の自分に期待して今日の自分はもう寝よう」こんな考えでは明日も全く何も変わらないことなど分かりきってるしかしこれを言って自分に言い聞かせれば明日は何かが変わる〝気がする〟そして様々な場面で自分に降り注ぐはずだった責任は期待という品名で明日へ輸送されまた明後日へと中継されながら増えていき雪だるまのように膨れ上がりながら延々と未来へと繰り越され最終的に誰にも引き継がれる事なくおまえの死をもって存在と共に完全に霧散するのだった自らが死する存在であることを知り生きることを人生と呼ぶならおまえの人生は死という唯一確実な明るい未来へ就職希望だわぁ〜ウォウウォゥウォウ!「ただいまぁー」母からの返答が無い買い物にでも行ったのだろうかアキレス腱を切っておいたから歩行できないはずだが?「それはさておきとにかく寒い」おまえは雨風で濡れたTシャツとズボンと下着を玄関で脱ぎ捨て体を温めるために震えながら風呂場へと向かった。


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