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【Stars】

 オーライ、じゃあもう一度あの話を聞きてえってことだよな。でもよ、それは一向に構わねえんだ。ああ、一向に構わねえ。ん?なんだよ早く話せって?まあなんていうかさ、そうじゃねえっていうか。お、そうさ、気がきくじゃねえか。ラムのとびっきりにスパイシーなこいつがあれば俺の泥みてえな口も弾むってもんさ。
 
 あの日のことだよな。そうそう、ちょっと待て。しっかりと思い出して整理してから話す必要がある。でもよ、それにしてもうまいな、このラムは。
 そうだ、あの日はどうしても大海原に出たくなってよ。大きな海を見ながら時の過ぎゆく中に佇む自分を雨の降りしきる中さ、XJapanのYOSHIKIみてえに立ちすくみたかったんだ。イメージ浮かばないって?いいよ、ただ聞き流してくれればそれでいいんだ。大事なのはここじゃあない。
 でも大海原って言ってもそんな地名があるわけじゃないし、どうしていいかわからない。一体どこに行けば大海原と呼べるものに向き合えるのか、俺は混沌の中で彷徨った。X JapanのYOSHIKIみたいにかって?もちろんだ。もちろんその通りさ!わかってるじゃねえか!

 でさ、歩いたんだ。おいおい、なんだよ海原って。口を挟むなって。今は俺が話してるんだ。お前が聞きてえってん、大きな海原?なんのことを話してるんだよ。お前は一体なんのことを話してるんだよ。
 まあいいさ、皮のブーツを引っ張り出してきて靴紐もしっかり結び直した。そんでもってそいつを履いて歩いたんだ。砂漠、山、荒地、森林。どこまでも歩いた。その全てをひとしきり通り抜けたところで両足の靴をすでに無くしてしまっていることに気づいた。その途端にもう歩けない、そう思ったのさ。なにせどんだけ歩いたかもわからねえし大海原だって見つかりゃしねえ。そんな状態じゃどっからが足でどっからが靴かなんてどうでも良くなるものさ。

 でも立ち止まれば干からびちまう。そのまんま真っ直ぐ車一つ走らねえ乾いた道を歩いた。何マイルも何マイルも歩いたさ。もう少しだ、もう少しだって言い聞かせながらね。
 そんでもって多分だ、多分の話になるけどあれは朝だったんじゃねえかな。岩陰で横たわって目が覚めて、いきなり目ん玉開いたら眩しくてよ。目を細めたんだ。ペラッペラの肉を挟んだハンバーガーみてえに目を細めたんだ。チーズもレタスもねえ、三日もデイリー・ショップの保温機にぶち込まれていたようなペラッペラのビーフ・パテみてえな目でよ、俺は見たんだ。

 コーヒー・ショップさ。赤く灼けた屋根、ぼろっカスの看板に日夜を問わずネオンで店名がチカチカしてるようなやつさ。道端にサボテンだってあったかも知れねえな。なかったかも知れねえけど、まあそんなことはどうでもいいんだ。大事なのは死ぬ寸前だった靴も無くした男がそのコーヒー・ショップに入ったってとこなんだ。
 そんでもって店の中では数組の客がいた。席数?しらねえよ。でもテーブルが窓に並んで五つはあったんじゃねえか。窓の反対側にはバーみてえなスペースがあってスツールが並んでやがる、そんでその間にもう五つほどのテーブルもあったかも知れねえ。まあそんな感じだよ。そこに数組の客が席をもらってパンケーキだのを食べてたんだろうな。ろくに会話もないような店だ。

 背の高いひょろっとした男が俺に気づいて席に案内した。きっちりと髪をなでつけた眠てえ目をした奴だ。店の奥の方のテーブルだな。俺はもっとご機嫌な席に座りたかったんだがなんせあの身なりだろ?ラクダの背掛けみてえなシャツに靴も履いてねえいでたちだ。匂いだってあっただろうよ。間違っても店の顔みてえなテーブルには着かせてもらえねえ。
 メニューにはパンケーキだのフライドチキンだのってのが並んでた。間違ってもベーグルなんて単語はなかったよ。でな、ジョセフだ、あいつの名前さ。不機嫌な椋鳥みてえな声でオーダーをとりに来たんだよ。なんせ奴さんやる気なんてありやしねえのさ。わかるかい?何ヶ月もポケットに突っ込んでやがったメモ用紙は手にしちゃいるが肝心なペンなんかは持ち合わせちゃいねえんだ。まあそんなことはいいんだけどよ、なあジョー、この空豆のオムレツ、よく焼いたのをくれねえか?それに薄いトーストもだ。しっかり焼いてカリッカリのベーコンを添えてくれ。そう頼んだんだ。 
 ジョーのやつ、一度は厨房に向かってオーダーを伝えにいったもののこれまた不機嫌そうな顔で戻ってきやがった。なんでも空豆の入荷がまだねえってんで作れねえって言い出したのさ。
 これには俺も思わずリスみてえな前歯を出さずにはいられねえって。でよ、俺はそいつに言ったんだ。
「いいか、俺がロンドンにいた頃のあだ名を知ってるか?俺は金も部屋もなかった。頼る身内もな。それでもなんとか1日を生きていかなきゃいけねえってんでレストランで皿を洗って生きてたのさ。とんでもねえ忙しい場所で俺は皿を洗うだけじゃあねえ、芋を切ったりもしてた。もちろん空豆だって大量に仕込まなきゃならねえってんで俺は無駄口一つ出さずにドタバタやってたのさ。ロンドンの奴らは英語を話しゃあしねえもんだから返事だって簡単なリアクションで済ませたさ。毎日だ。おかげで俺は店で一番早く豆を仕込む男になったのさ。そんでついたあだ名がMr.ビーンさ!」ってね。

 おい、ちょっとその、あのよ、今のところは笑うところだ。えっと、岡星だって言ったかお前?まあいいよ、お前知ってるか?あのコメディの番組だよ、Mr.ビーン。は?知ってるって?で、どうだった?俺のさっきのさ、ロンドンで豆を無口に仕込んでてついたあだ名がなんだっけ?そうだ、それだ。で、お前Mr.ビーンは観たことあるのかい?ん、ある。それがなんの関係あるのかって?まあいいよ、話を続けさせてくれ。
 俺は大海原を探していた。そんな話をジョーの野郎にしたんだ。そしたらそいつが奥にいいもんがあったはずだって引っ込んで行ったんだ。数分後だ、あれはそうだ5分もしなかったんじゃないか?奴はさらに数え切れねえほどのちっこくて白い魚みてえなのを持ってきたのさ。

 なんでも海はこの中にあるって言いやがるんだ。俺は言ったね、おいおいそんな星の王子さまみてえな話ってあるかい?ってね。でも奴さんの目はマジだった。なんでも海の中にはちっせえ魚もいればテーブル見てえな大きさのだっている。それが食ったり食われたりして生きてやがるってんだ。こんな小さな魚だって十分な栄養がある、食ってみろって。
 おかしな話だよな。ちっせえってことは食われやすいんだ。でもその上栄養もあるってんならそりゃあ食われ続けるよな。でもこのちっせえのも生きてかなきゃならねえから栄養を蓄えるんだ。でもそうすれば大きいのが寄ってきて食っちまう。俺は頭がおかしくなりそうだった。 


鯵の仲間
メガロパ
ゾエア

 星屑みてえだ。海の中にはよ、それこそ星の数だけあってよ、何がって?命がだよ。いいところなんだからまあ聞けよ。
 命が星空みてえに広がってるのさ。もちろんみたことなんかねえよ。でもわかるんだよ、こいつを見ちまってからはさ。
 は?何を見たのかって?なあ、お前がこの話を聞きてえって言ったんだよ。しかも二度目だ。何を聞いてたんだ?お前は昨日もこのバーに来て俺の隣に座った。そんで酔っ払った俺の話を聞いたんだ。酔っ払った俺が覚えてるんだからこれは確かだ。そしてお前は今夜もう一度ここに来た。この話を聞くためだ。俺にはよくわかんねえよ、なんでお前がこんな話を聞きたがるのかがさ。おかしな話さ。でもよ、この世に溢れてる話なんてほとんどが知らねえやつの話だよ。それでもお前はこの話に出会ったんだ。なあ、お前沖縄にいけよ。俺はこの話の後に行ったんだ。基地の関係で行ったんだがあそこはなんだか特別な場所だった。なあお前、沖縄に行けよ。


🐈  🐈  🐈


 は?それであなたチケットを買ってきたの?ねえ岡星、それはありがたいんだけど行ってみろって言われたのはあなたでしょう?なのにわたしに行ってこいと。え?いい所みたいだって?ok岡星。行ってくるわ。もとはと言えばこのnoteを始めたきっかけとなった場所だものね。OK、岡星。






(続く!)





本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。